きんこんのシネマ放談

映画をこよなく愛するきんこんが鑑賞した映画をズラズラっと紹介していく映画ブログ

峠 最後のサムライ

幕末の動乱期を描いた司馬遼太郎の長編時代小説「峠」を、「雨あがる」「蜩ノ記」の小泉堯史監督のメガホン、役所広司松たか子田中泯香川京子佐々木蔵之介仲代達矢ら日本映画界を代表する豪華キャストの共演で映画化。徳川慶喜大政奉還によって、260年余りにも及んだ江戸時代が終焉を迎えた。そんな動乱の時代に、越後長岡藩牧野家家臣・河井継之助は幕府側、官軍側のどちらにも属することなく、越後長岡藩の中立と独立を目指していた。藩の運命をかけた継之助の壮大な信念が、幕末の混沌とした日本を変えようとしていた。「蜩ノ記」に続いて小泉監督作に主演する役所が主人公となる継之助に扮し、継之助を支え続ける妻おすがを松が演じる。(映画・comより)

この所紹介する作品はコロナによる延期を受けての公開作が続いてますが、こちらは2019年には撮影が全て終了し、2020年には公開される予定でした。しかし、やはりと言うべきかコロナ延期の憂き目に合い一年の公開延期で2021年に公開予定となるも更なる延期。そしてようやく6月17日に公開となりました。

時代劇好きな父は兼ねてから公開を楽しみにしており、ちょうど父の日でもあった6月19日にMOVIX日吉津で見て参りました。

客層としてはやはりというべきか年齢層は高め。最近紹介した作品で言えば『大河への道』のそれに近いかなという印象でした。

司馬遼太郎原作で幕末を舞台にしたものとなると昨年秋に上映されていた『燃えよ剣』が記憶に新しいのですが、本作では越後長岡藩士の河合継之助を主人公にしたもの。1960年代に司馬遼太郎が新聞連載で原作を書くまでは一般的には知られていなかった人物です。

滅びの美学というものがあります。源義経赤穂浪士更に幕末で言えば新撰組等は正にそうでしたが、悲劇的な結末を迎えるものに対してはそこに漂う悲哀と共に好まれる傾向があり、こと日本人の場合、判官贔屓と共に人気が高いものです。日本人が好きな歴史上の偉人の2トップとも言えそうな織田信長坂本龍馬なんてその典型ですもんね。

で、この河合継之助だって然り。戊辰戦争の最中、幕府につくか薩長新政府につくのかの選択を迫られた時、武力による衝突ではなく、あくまで武装中立の立場を主張し、平和的解決を願い奔走。しかし、やがて彼の理念も瓦解せざるを得なくなり、破滅的な最後を迎えてしまう。まさに日本人好みの滅びの美学のストーリーなんですね。

原作では青年期と壮年から晩年という二部で構成となっているのですが、この映画では後者の部分のみを抽出して作品に仕上げています。

それにしても流石は役所広司さんですね。その佇まいから細かい所作に至るまで河合継之助という人物を現代に蘇らせたらまさにこんな人なのかなと思わせる様な名演。来年の日アカでも主演男優賞ノミネートは堅いのではないかなと思いました。

一方、河合の妻・おすがを演じた松たか子さんですが、着物の着こなしから雰囲気から存在感そのものが上品なんですよね。夫の継之助の理念に共感しながら彼を支える慎ましき女性。日本女性はかくあるべきなんて言ったら今や多様性の時代だなんだと厳しく言われちゃいそうかな?それから彼女は本作でナレーターもしているのですが、大河ドラマ『鎌倉殿の十三人』の長澤まさみよろしく落ち着き淡々とした語りが作品に合っていたなと思いました。

他、日本の映画界を支える錚々たるキャストによる布陣が作品に彩りを与えてくれています。その中で言えば吉岡秀隆さんが個人的には印象的でしたね。普段のイメージでは声を張り上げる様なイメージのない吉岡さんの貴重な演技が楽しめます。

継之助が和平に向けて奔走する姿や藩を守る為の策を講じる場面等は見応えがあり、河合継之助を知らない人に彼の人物像を伝えるという役割や機能はこの映画で十分に果たしていたのではないかなと思います。

また、アイテムとしてポイントとなっていたのが継之助が妻・おすがへ贈ったスイス製のオルゴール。このスイス製という辺りなんですが、継之助の武装中立というスタンスはスイスのそれなんですね。また、このオルゴールから流れるメロディーが本作の効果的なBGMとして機能していた面も非常に強かったなと思いました。

一方で不満点もありまして、ここからはその点をお伝えしていきます。河合継之助の人物像についてはよく描かれていましたが、今ひとつ深みが足りないと感じてしまいました。和平の為に動いたとか先進的な考え方の持ち主であったというそれを伝えるだけで終わってるんですよね。そりゃ役所広司の演技は素晴らしかったですよ!だけど映画というフィルターの中で特にこういった伝記要素の強い作品であれば、映画を見終わった後に次なるアクションに向けたスパイスが欲しいんですよね。例えば原作を読みたくなるとか河合継之助に対してより深い興味を抱いて書物に触れるとか直接新潟まで出向いて資料館へ行ってみたくなるとかね。つまり、見ている側に河合継之助ファンを作るくらいの情熱的なアプローチが欲しいなと思ったんですよ。この作品の場合、「幕末に河合継之助という人が居てこんな人だったんですよ」くらいの描き方だから見ている方は「へ〜、そうなんだ〜」以上の感情にはなかなかならない。

比較するのも酷ですが、その点では『大河への道』の伊能忠敬や『HOKUSAI』での葛飾北斎等はうまかったんですけどね。

総じて言えばドラマティックな絵作りや演出が足りないなという印象でしたね。泣かせる映画が良い映画だなんて事は言いませんが、多少オーバーであっても工夫が欲しかったですかね。それこそオルゴールを使うなんて方法もあったと思うんですが。

なんて最後は辛口にはなりましたが、河合継之助という人物を描き出した時代エンターテイメント。

是非ご覧下さい!