SNSを中心に反響を呼んだ小坂流加の同名恋愛小説を、小松菜奈と坂口健太郎の主演、「新聞記者」の藤井道人監督がメガホンで映画化。数万人に1人という不治の病に冒され余命10年を宣告された20歳の茉莉は、生きることに執着しないよう、恋だけはしないことを心に決めていた。ところがある日、地元の同窓会で和人と出会い恋に落ちたことで、彼女の最後の10年は大きく変わっていく。脚本は「8年越しの花嫁 奇跡の実話」の岡田惠和と「凛 りん」の渡邉真子。「君の名は。」「天気の子」など新海誠監督のアニメーション映画で音楽を手がけてきた人気ロックバンドの「RADWIMPS」が、実写映画で初めて劇伴音楽を担当。(映画・comより)
余命幾ばくもないヒロインによる悲恋モノ。日本の映画ではこのタイプの作品はよく作られ、大ヒットする傾向があります。古くは『世界の中心で愛を叫ぶ』、『余命一ヶ月の花嫁』、『君の膵臓をたべたい』、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』、『雪の華』等等枚挙にいとまがありません。ただ、こういった作品がヒットしたのはコロナ禍前。コロナ禍更には不穏な国際情勢の今、果たして悲恋モノは受けるのか?と公開前は余計なお世話ながらその動向を見守っていたのがこの私です。恋愛映画という視点で言えば『花束みたいな恋をした』は確かに大ヒットした。でもあれは難病を患って云々ではなくどこにでも居そうなごくごく一般的なカップルの日常を扱った作品であり、落涙前提の感度ストーリーではないですからね。
ところがですよ、こんな私のいらぬ老婆心なんぞどこ吹く風で現在大ヒット中!更には評判も良いとあって私も見て参りました。3月9日の松江東宝5。
平日ではありましたが、若い女性を中心に割と入っていましたよ。
さて、私はさして気にしませんが、このテのタイプの映画を僕みたいなオッサンの一人鑑賞はハードルが高いのでは?と思われそう。そう、正直言うと僕もいわゆるお涙頂戴的な恋愛映画は苦手な部類なんですよ。如何にも制作側の泣かせよう泣かせようというあざとさが垣間見られてしまった時点で萎えちゃうんですよね。ただ、本作に関して言えば監督で見ないわけにはいかないと思いました。そう、藤井道人監督ですね。
2019年の『新聞記者』、そして昨年の『ヤクザと家族 The Family』ですね。いずれも社会派映画としてかなり踏み込んだ内容となっていて非常に見応えがありました。事実、映画ファンからの高い評価も受けています。
そんな藤井監督と恋愛映画というのが結びつかないイメージがありましたが、監督としては違うタイプの作品を作っていきたいと原作の小説に惚れ込み、撮影期間一年を条件に本作のオファーを受けたそうです。藤井監督が手掛けた恋愛映画というのが個人的に惹かれた最大のポイントです。
さて、あなたは余命一年と宣告されたら何をしますか?悔いのない様に好きな物を食べたり、旅行に出掛けたり、家族や友人・恋人との時間を大切にしたりとにかくこの世に未練を残さない様な時間の使い方をするかもしれません。
ところがどうでしょう?余命10年であれば?10年という期間は過ぎてしまえばあっという間かもしれませんが、これから先の10年を想像すると全く見当がつかないかもしれません。
本作のヒロインである小松菜奈演じる茉莉はこの10年間を生き抜き、天に召されていきます。この期間を時系列毎にその時々の世相も絡めながら坂口健太郎演じる和人との日々を写し出していきます。自らの死が分かっているからこそ恋愛には慎重だった茉莉と人生に悲観し自ら命を絶つ事も考えていた和人が茉莉の存在によって人生を肯定的に生き、男としても成長していく過程がストーリーの軸となっています。
死という名の終着点が見える中で恋愛から距離を置き続けていた茉莉の変化を見る事で我々の感情が揺り動かされる事は確かです。そして恋が如何に人に与える影響が強いかという事も。
それにしても藤井監督の作品は映像が本当に美しい!撮影は藤井監督の大学時代からの盟友・今村圭佑さんが手掛けられているのですが、桜の春・夏の海に花火等季節の光景もさる事ながら『新聞記者』や『ヤクザと家族』で多用されていた俯瞰ショットも非常に作品に説得力を持たせている。例えば和人が自室から人生に悲観して飛び降りるシーン、病と闘いながら就職活動に臨むも結果に恵まれない茉莉を上空から捉えたシーン。これを俯瞰的に写し出す事で彼らの置かれた状況を観客に強く訴えかけている事に成功しています。これは藤井組ならではの持ち味でもあるので今後の作品でも継承して頂きたいところです。
と、ここまでは藤井監督へのリスペクトも含めて好意的にお伝えして参りました。きっとこの作品で多くの人が涙を流した事でしょうし、RADWIMPSの劇版も相まって高いクオリティの商業映画になったのは間違いありません。
しかし、個人的には100%の満足感が得られたかというと実はそこまででもなかったんですよ。というのが10年間を二時間の尺で収める難しさもあるのでしょうが、一年一年が駆け足になってしまい、ダイジェスト感が否めなかった点でしょうか。そもそもなんですが、恋愛に奥手な和人と恋愛に消極的な茉莉。そんな二人ですから、恋愛に発展するまでが長いんですよ。原作の改変になるかもですが、そこは出会いから恋愛として成立するまでをテンポよく展開し、恋愛パートからをじっくり追っていった方がより恋愛映画としての精度が高まっていたのではないかと思うんですよね。それからラストのシーンで茉莉が和人と歩むべきだった人生を夢に見るくだり。ここは本作においてのハイライトシーンだと思うんですが、この辺りは多少過剰であってもいいからドラマチックな劇版で煽るなり伏線的にその夢を和人に語るシーンなりがあった方がより涙腺を刺激する作りになっていたんじゃないかななんて僕は思いましたね。
何度も言う様に本作は既に大ヒットとなりそうだし、決して駄作ではありません。だけど個人的には『新聞記者』や『ヤクザと家族』の様な泥臭さのある社会派映画の方が藤井監督向きかななんて思いました。ま、あくまで僕の印象としてのお話しなので皆さんはまた違った感想をお持ちになるかと思います。
感情に訴えかける良作であった事は保証します!
是非ご覧下さい!