山田風太郎の小説「八犬伝」を役所広司主演で映画化。里見家の呪いを解くため運命に引き寄せられた8人の剣士たちの戦いをダイナミックに活写する“虚構”パートと、その作者である江戸時代の作家・滝沢馬琴の創作の真髄に迫る“実話”パートを交錯させて描く。
人気作家の滝沢馬琴は、友人である絵師・葛飾北斎に、構想中の新作小説について語り始める。それは、8つの珠を持つ「八犬士」が運命に導かれるように集結し、里見家にかけられた呪いと戦う物語だった。その内容に引き込まれた北斎は続きを聴くためにたびたび馬琴のもとを訪れるようになり、2人の奇妙な関係が始まる。連載は馬琴のライフワークとなるが、28年の時を経てついにクライマックスを迎えようとしたとき、馬琴の視力は失われつつあった。絶望的な状況に陥りながらも物語を完成させることに執念を燃やす馬琴のもとに、息子の妻・お路から意外な申し出が入る。
滝沢馬琴を役所広司、葛飾北斎を内野聖陽、八犬士の運命を握る伏姫を土屋太鳳、馬琴の息子・宗伯を磯村勇斗、宗伯の妻・お路を黒木華、馬琴の妻・お百を寺島しのぶが演じる。監督は「ピンポン」「鋼の錬金術師」の曽利文彦。(映画.comより)
はじめにお伝えすると僕はこの映画のトレーラーを見た時に「あっ、この映画苦手かも?」と思ってしまいました。
というのも時代劇でCGやVFXをふんだんに使うタイプの作品がどうにも食いつきが悪くて…それに失礼承知で言わせて頂くと曽利文彦監督と言えば「ピンポン」という名作はありますが、実写版の「あしたのジョー」や「鋼の錬金術師」という残念実写映画を世に送ってきた監督でしょ?どうにもなぁ…とぶっちゃけ食指が動かなかったというのが本音です。
シネマクラブ会員さんからリクエストは頂きましたが、どうしようかなぁと躊躇。しかしこの時期他に積極的に見たい映画がない中での消去法で今作を選択…。
先月誕生日を迎え、誕生日クーポンもあったのでそれを利用してTジョイ出雲で見て参りました。
さて、本作のあらすじを初めに見た時に感じた事があります。滝沢馬琴が「南総里見八犬伝」を書き上げるまでのプロセスを伝記的に見せるパートと「八犬伝」のストーリーを同時進行で見せるのは散漫になったりするんじゃない?と。ただこれは野暮な考えで今作の原作となっているのは山田風太郎の小説であり、そちらでは馬琴パートと八犬伝パートが交互に繰り広げられていると。つまりは今作はあくまで原作に忠実であるという事です。私の勉強不足だったわけですね。
で、そんな今作ですが、想像以上に面白かった!
まず「八犬伝」パートですが、僕が苦手とする時代劇でのCGというのがあまり苦にはならない。というか「里見八犬伝」のストーリーを知らなかったからこその新鮮さがあり、「ドラゴンクエスト」よりも「ファイナルファンタジー」よりも遥か昔にRPG的な冒険譚が日本で書かれていた事に驚き。戦隊ヒーローの様な要素もありましたしね。
で、個人的に興味深かったのは滝沢馬琴の伝記パートですね。役所広司演じる馬琴と内野聖陽演じる葛飾北斎というおじさん二人がつるみながらお互いの創作物に評価をし合うというある意味BL要素なんかもあったりしますが、そこはすごく興味深く見ておりました。とりわけ馬琴の晩年、失明した後、磯村勇斗が演じていた息子亡き後、黒木華演じる嫁が書き上げる場面は涙が溢れました。というのが彼女は字が書けないんですね。教育という概念が今よりも低いものであった江戸時代であればさして珍しい事ではなかったのでしょうが、失明した馬琴が口頭で伝えるもなかなか彼女は文字を表す事が出来ない。この厳しい状況の下、滝沢馬琴一世一代の名作「南総里見八犬伝」が出来上がる…これは僕も知りませんでしたが、かなり込み上げるものがありましたね。
ところでこの作品のテーマは虚と実。虚の物語を書く滝沢馬琴という実在の人物。
虚と実、つまりフィクションと現実という事ですが、相反する様であり虚の中には実があり、またその逆も然りだと思うんですね。クリエイティブには常にこのふたつが背中合わせに存在するものです。とりわけ印象に残ったものとして、実際の世界では必ずしも正義がまかり通るわけではない。我々が暮らす現代だって闇バイトでどこにでも居そうな若者が高齢者から強盗を働きあまつさえ殺人を犯す。裏金議員に不倫を働く議員。正義なんてものはどこにあるのやら?馬琴が生きた江戸時代後期だって然り。折しも徳川将軍家からして大奥時代として将軍・家斉は破廉恥三昧。汚職や賄賂もまかり通った頃ですよ。
だからこそ作品の中では正義という虚を実在するかの様に描き出す。
また北斎が馬琴に問う場面。北斎と言えば富嶽三十六景というあまりに有名な作品。彼は生涯に渡って各地を放浪し、作品を描いてきた人です。「俺はその土地へ行って自分の目で見ない事には描けない」というのが北斎ですよ。そんな北斎の絵は実なのかといえば決してそうでもない。大胆な構図のものが多いし、だから現代でもそして海外でも人気が高いと思うんですよ。
そんな北斎は馬琴にこの様に質問をぶつけます。「この話しからは安房の国の景色が浮かんでくる。いつ行ったんだい?」と。馬琴は答えます。「行った事はない」と。曰く現地へ行くと執筆にあたってその現実から悪影響を受けてしまう恐れがあると。これは北斎と馬琴それぞれのクリエイティブな嗜好の違いがはっきり現れていて面白いですが、つまり読者がリアルに感じる描写は実際は想像から描かれているという事を表しています。そんな馬琴の想像の産物として作中に鉄砲が出て来ますが、そもそも作品の舞台となっている室町時代には鉄砲がまだ伝来していないとも。
また、二人が芝居を見に行った後、舞台裏で遭遇した鶴屋南北に自身の作品における正義論をぶつける馬琴。鶴屋南北は二人が見に行った「東海道四谷怪談」を手掛けた人物ですが、南北はにべもなく答えるます。そんなものはつじつま合わせだと言い切ってしまいます。これまた南北の作家性が顔をのぞかせているのですが、この様に文化・文政年間のいわゆる化政文化の立役者が顔を揃え、こうして顔を揃えて各々の作家性をぶつけ合うのが楽しかったですね。もっともこれも実在の人物の虚の要素も含ませながらエンタメにしているわけですが。それにしても鶴屋南北を演じた立川談春さんの演技もお見事でした!
と実パートを中心に話しましたが、緻密なカット割りと虚と実共に映える美術面、役所広司・内野聖陽他豪華キャストによる演技等見応え抜群の良作でした。
ただ、ラスト。馬琴亡き後の馬琴が犬士達に囲まれるという描写は実写邦画作品らしいクサイ演出かなと思ってしまいました。
二時間半という長尺ではありましたが、その長さを感じさせないエンタメ性抜群の「八犬伝」。
是非劇場でご覧下さい!