エッセイスト森下典子が約25年にわたり通った茶道教室での日々をつづり人気を集めたエッセイ「日日是好日 『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」を、黒木華主演、樹木希林、多部未華子の共演で映画化。「本当にやりたいこと」を見つけられず大学生活を送っていた20歳の典子は、タダモノではないと噂の「武田のおばさん」が茶道教室の先生であることを聞かされる。母からお茶を習うことを勧められた典子は気のない返事をしていたが、お茶を習うことに乗り気になったいとこの美智子に誘われるがまま、流されるように茶道教室に通い出す。見たことも聞いたこともない「決まりごと」だらけのお茶の世界に触れた典子は、それから20数年にわたり武田先生の下に通うこととなり、就職、失恋、大切な人の死などを経験し、お茶や人生における大事なことに気がついていく。主人公の典子役を黒木、いとこの美智子役を多部がそれぞれ演じ、本作公開前の2018年9月に他界した樹木が武田先生役を演じた。監督は「さよなら渓谷」「まほろ駅前多田便利軒」などの大森立嗣。
(映画.comより )
9月15日に亡くなった名女優・樹木希林さん。
本作は樹木さんが亡くなり、約一ヶ月のタイミングで公開された最新作です。(遺作ではありません。念のため)
まず、樹木さんの作品で最近印象的だったのが本ブログでもお届けさました是枝裕和監督の『万引き家族』があります。
あの作品においてのキャスト陣の演技はとにかく素晴らしかったのですが、何と言っても樹木さんの存在感は際立っていました。
いわゆる貧困層の家庭におけるおばあちゃんでしたが、愛らしくもある一方、したたかで図々しさも併せ持った個性の強い役どころでしたね。
そしてこの『日日是好日』での樹木さんは優しくも茶道にはストイックで厳しさも兼ね備えた茶道の先生。
まるで孫の様な世代の女子大生を相手に茶道の何たるかを指導する役でした。
そんな樹木さんが向き合う茶道の姿勢がホント美しいです。
この映画の為に徹底的に茶道の腕前を病と戦いながら身につけられた事は想像にかたくない。
プロフェッショナルの矜持を目の当たりにしました。
そして、黒木華・多部未華子という若い二人も良いです。
物語は90年代前半から始まるのですが、当時の女子大生を好演していました。
今の様にケータイもPCも身近にない時代。
その空気感が絶妙に演出されており、その時代を知る人なら思わず懐かしんでしまうかもしれません。
その当時の服装ですから今見ればダサく見えるのですが、この二人が着ると可愛らしく見えます。そこは女優さんですね。
カラオケに行ってユーミンの『真夏の夜の夢』を唄うシーンがあります。
「女子大生にしては渋い選曲やな」と思っていたら「あっ、これ93年という時代設定だった」なんて気づかされたりもしました。
さて、そんな本作。
茶道の映画というのが全面に出ているので茶道を知らない人にははばかれてしまうかもしれません。
しかし、あくまで茶道は作品全体を語る上のツールであり、実体としては茶道を通じた人生の機微を写し出すそんな作品でした。
典子と美智子。
彼女達が茶道を始めるのは大学二年生です。
学生時代に取り組む活動には様々なタイプのものがあります。
スポーツもそうですし、音楽・演劇等文化的あるいは娯楽的なものなどが多数を占めるでしょうが、彼女達にとっては茶道がそれでした。
二年前に『何者』という映画がありましたよね。
演劇に取り組んできた学生達が就職活動に翻弄されながら、就職を選ぶか演劇を選ぶかというテーマの作品でした。
それと同様にこの映画でも、人生の帰路に立った時に茶道と人生の選択に揺り動かされます。
就職や結婚といった人生の分岐点に茶道がどういった価値観として存在するのか明確に浮かび上がっていきます。
また、ズブの素人から始めた彼女達の成長に視点を向けても面白い描かれ方であったなと思います。
ろくに道具も扱えなかった二人がやがて後輩も出来、腕前も上達させていく。
その過程で樹木希林演じる武田先生の視点も加わっていく。
月日の経過を表す映像的な表現も実にうまく出来ていました。
そして後半になると遂には黒木華演じる典子に焦点が当てられていくのですが、そこからの黒木華が素晴らしい!
黒木華と言えばここ最近、出演作が次々と公開され、公開中の作品だと『散り椿』、『億男』更に来月は『ビブリア古書堂の事件手帖』、再来月は『来る』と引っ張りダコの女優さんです。
しかし、これはあくまで私の主観なのですが、際立って美人というわけではない。
しかし、東洋的な顔立ちで和のテイストが非常にハマる女優さんだと思うんです。
実は本作を鑑賞する前はあくまで20歳の女子大生二人とそれを暖かく見守る茶道の先生の話しで時間軸の移動はないと思っていました。
しかし、実際は20数年の時間の経過が描かれており、黒木華は20歳から40代前半までを演じるわけです。
実年齢に該当する20代~30代前半まではわかるとして40代の女性をどの様に演じるかがポイントになるのですが、見せてくれました。
40代の大人の女性を実に堂々となおかつリアリティ持たせながら演じていました。
和服を着た雰囲気なんかも黒木さんにしか出せない上品な色気を感じましたね。
絶妙なキャスティングでした!
さて、この映画を観て『聖の青春』(2016)にかなり共通性を感じました。
一方では将棋、一方では茶道といずれも日本独自の文化を題材にしてはいますが、その実、実際に携わっていないとなかなかわからない分野です。
そういう意味では如何にその分野を掘り下げつつも一般層が観て難解になり過ぎない工夫が必要なのですが、その点においてはこの二作は十分にカバーしておりました。
説明台詞は押さえ目に影像のみでその世界の奥深さを表現する。
製作陣の努力が見えてくる作品です。
次に題材としている物を通じて見せる人間ドラマです。
『聖の青春』の場合は村山聖という人物の伝記なのですが、村山聖のみならず彼の周囲の人たちやライバルの羽生善治と登場人物を丁寧にクローズアップし、その内面を浮かび上がらせていく。
この『日日是好日』においては前述のキャスト陣の人間的描写ではっきりしていたなと思います。
ただ、やや残念に思ったのが多部未華子演じる美智子の後半かな?
途中でとあるきっかけにより茶道との距離感に変化が生じるのは仕方ないとしてもその後の人生が見えてこないんですよね。
典子と美智子、黒木華と多部未華子のキャストになっているわけですから、そこは最高まできっちりと見せて欲しかったです。
しかし、全編通して心に余韻を残してくれますし、人生を後押しする様な作品でした。
劇場での年齢層は高めでしたが、若い人にも見てもらいたいです。
特に就活中の学生さんなんかはかなり感じるものがある作品だと思いますよ。
最後に日本の映画界に長年に渡りご活躍された名女優・樹木希林さん、ありがとうございました。