きんこんのシネマ放談

映画をこよなく愛するきんこんが鑑賞した映画をズラズラっと紹介していく映画ブログ

52ヘルツのくじらたち

2021年本屋大賞を受賞した町田そのこの同名ベストセラー小説を、杉咲花主演で映画化したヒューマンドラマ。
自分の人生を家族に搾取されて生きてきた女性・三島貴瑚。ある痛みを抱えて東京から海辺の街の一軒家へ引っ越してきた彼女は、そこで母親から「ムシ」と呼ばれて虐待される、声を発することのできない少年と出会う。貴瑚は少年との交流を通し、かつて自分の声なきSOSに気づいて救い出してくれたアンさんとの日々を思い起こしていく。
杉咲が演じる貴瑚を救おうとするアンさんこと岡田安吾を志尊淳、貴瑚の初めての恋人となる上司・新名主税を宮沢氷魚、貴瑚の親友・牧岡美晴を小野花梨「ムシ」と呼ばれる少年を映画初出演の桑名桃李が演じる。「八日目の蝉」「銀河鉄道の父」の成島出監督がメガホンをとり、「四月は君の嘘」「ロストケア」の龍居由佳里が脚本を担当。タイトルの「52ヘルツのクジラ」とは、他のクジラが聞き取れないほど高い周波数で鳴く、世界で1頭だけの孤独なクジラのこと。(映画・comより)

小説には疎い僕なんですが、原作は大ベストセラーとなった作品。読んだという方も多いのでしょう。しかし僕は全くの未読なので原作と映画の脚色の違いはわからないのですが、しかしそんな僕が見ても十分楽しめる作品となっていました。また、非常に映画向きな作風だなとも感じた次第です。

そんな今作、元々鑑賞する予定はなかったのですが、かなり評判が良い様なので松江東宝5にて3月20日の祝日に鑑賞しました。祝日で賑わう中でしたが、今作の鑑賞人数は僕を含めて7〜8人とやや少なめ。きっと『ドラえもん』や『ハイキュー‼︎』は大入りなのでしょうね…。

まず今作のタイトルにも使われている52ヘルツのクジラについて。クジラというのは音によってコミュニケーションを図るのですが、しかし52ヘルツの音を出すクジラとは他のクジラには音波をキャッチされない。つまり誰にも気付かれない孤独なクジラという事になります。そしてこれを人間社会に移して見ると確かに52ヘルツのクジラたる人達は存在してそんな彼らが声を押し殺しながら社会の片隅に潜んでいる。その理由は様々ですが、今作の例ではヤングケアラーにネグレクト、LGBTといった具合にわかりやすく示されている。杉咲花が演じる貴湖という女性もその一人であり、彼女は都会を離れ、海の綺麗な小さな町へとやって来る。彼女は東京で性風俗の仕事に就いていたとか何とかという噂が田舎あるあるの如く町の人から流れてくる。というのもかつてこの町には元芸者の女性が流れ着いてきたという歴史があり、都会から単身やって来たという女性には奇異の目が向けられる。この辺りから貴湖の過去を遡りながらそのいきさつを時系列で追っていくというヒューマンドラマの形態を取りながら見ている人を作品世界へ誘っていく。この見せ方はうまいなと思いましたね。

するとどうでしょう?まるでパンドラの箱を開いたかの如く描かれる貴湖の不幸な生い立ち。父親の介護、母親からの虐待、恋人からのDVに大切な人との永遠の別れ等等追っていけばいくほど身が引き裂かれるかの様な悲劇の大放出。しかしそんな彼女にもその折々には人との触れ合いに身を委ねまたそれらの人達も各々に何かを抱えている。皆んなそれぞれが52ヘルツのクジラであるという事なんですね。

そしてその過去から小さな町へ流れ着いた彼女が出会う一人の少年。彼もまた傷を負った小さなクジラなんですよね。

なんて見ると決して明るい映画ではないとわかるでしょう。そうです、全体的に重いんです。とは言ってもいわゆる鬱映画と呼ばれるものとも違っていて暗い中にもどこか希望を見い出そうとする前向きさも含まれています。だから見終わった後にもズシ〜ンとはこないんですよね。

それにしてもキャストの演技はどの人もホントに素晴らしかったですね!言うまでもなく主演の杉咲花ちゃんの演技は光るものがありまして、不幸の只中にいるところでの表情は身につまされるものがあるし、一方ではそれが束の間であっても希望を見出す折々に見せる安堵の表情は実にナチュラルです。

また、志尊淳くんもかなりの難役だったとは思いますが、実に堂々たる演技。特に原作未読だった僕は後半の展開には驚かされました。

それから宮沢氷魚さん。彼の優しさから一変するあの演技は凄いハマっていました。ただ、その一方で素の彼が優しいんでしょうね。豹変する発端となるあの場面。杉咲花ちゃんはもっと強く突き放すくらいの勢いがあってもよかったんじゃないかなと思いましたね。

また、登場場面こそ少なかったですが、余貴美子さんは実際に上京してきたお母さんっぽかった。要は演技に説得力がありましたね。

また、撮影にも強いこだわりを感じまして、ワンシーンワンシーンのカメラの長回しですよね。カットを入れずにひたすらカメラを回し続ける辺りのその撮り方に映画的な魅力が感じられましたし、またそこに上手く応える杉咲花ちゃんもすごいなと感じました。

ただ一方で気になった点もありまして、それは被害を受ける側に寄り添い当該の人物の深掘りは見ている側にもしっかり伝えてくれるのですが、加害をする側の人物描写がどうにも浅く感じてしまいました。うん、もちろんタイトルから孤独に生きる人に焦点を当てるわけですからもちろんそれでも良いのですが、僕個人の要望としては加害者へのフォーカスがあるとよりストーリー的には深みがあったのになとそこがちょっともったいないなと感じました。

でも全体を通して映画としての完成度は高かったので個人的には大満足です!

オススメです!