きんこんのシネマ放談

映画をこよなく愛するきんこんが鑑賞した映画をズラズラっと紹介していく映画ブログ

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岡田准一の主演で、ひとつの事故を発端に追い詰められていく刑事の姿を描いたクライムサスペンス。中国やフランスなど各国でもリメイクされた2014年の同名韓国映画を、「新聞記者」「余命10年」の藤井道人監督がメガホンをとり日本でリメイクした。
ある年の瀬の夜、刑事の工藤は危篤の母のもとに向かうため雨の中で車を飛ばしていたが、妻からの着信で母の最期に間に合わなかったことを知る。そしてその時、車の前に現れたひとりの男をはねてしまう。工藤は男の遺体を車のトランクに入れ、その場を立ち去る。そして、男の遺体を母の棺桶に入れ、母とともに斎場で焼こうと試みる。しかし、その時、スマホに「お前は人を殺した。知っているぞ」というメッセージが入る。送り主は県警本部の監察官・矢崎で、工藤は矢崎から追われる身になってしまう。
主人公の工藤を岡田が演じ、工藤を追い詰めるエリート監察官の矢崎役で綾野剛が共演。そのほか広末涼子磯村勇斗杉本哲太柄本明ら豪華キャストが共演する。(映画・comより)

番組で扱うのは昨年春の『余命10年』以来の藤井道人監督作品ですね。2019年の『新聞記者』で業界内で轟かせ、2021年の『ヤクザと家族 The Family』がこれまた暴対法とヤクザというテーマを軸にして注目を集めました。そして打って変わっての『余命10年』は初のラブストーリーとなり、多くの人の共感を集め興行収入は30億円というヒットとなりました。近作では『Village ヴィレッヂ』僕は見ていないのですが、こちらも話題となっている様です。今最も勢いのある若手映画監督・藤井道人が手掛ける社会派アクションサスペンスとあって公開前から気になっていた作品。僕は公開週の週末5月21日にMOVIX日吉津で見て参りました。

今回は韓国映画のリメイクであり、本国はもとより世界各国でリメイクされる等のヒット作品を藤井監督は日本を舞台にどの様にスリリングに写していくのかは見て頂きたいところ…なんて言いましたが、僕は韓国版を見ていないんですよね。だから原作との違いがどうのこうのという指摘は出来ませんが、予備知識なしで見た感想等を伝えていけたらと思っております。

さて、今この放送を車の運転をしながら聴いてる方もいらっしゃるでしょう。或いは日常的に車の運転は欠かせないという方、特に山陰での移動手段の中心が自動車という地域性や社会性を考えると少なくないでしょう。かくいう僕だって日常の移動はほぼ車です。

で、そんなドライバーの共通の意識としては事故を起こさない、安全運転を心掛けるというのが当然身に付いているわけですが、ただ事故を起こしてしまう可能性は決してゼロではないんですよね。

特に今作の冒頭で示される場面では決して他人事とは思えないリアルな情景が示されます。荒れる天気の中、危篤状態だった母の死を知らせる電話。一方では追われている仕事で頭がいっぱい。この様な心理状態の中で視界が悪い荒天時に運転をすれば事故を起こす事だって十分あり得るんですよ。そして遂に起こしてしまう人身事故。ここに至るまでのカメラでの捉え方と岡田くんの焦燥感を表す演技が見る人の心情にズシンと重いダメージを与える事になります。

ここが今作の方向性を示す上では非常に重要になってくるんですが、見せ方がとにかく秀逸だったなと思います。

轢き逃げはもちろん犯罪ですし、決して許される事ではないですが、その後の岡田くん演じる工藤という刑事に肩入れして見てしまうといつ遺体が見つかるかわからないそのスリルを共有して見る。だから言い換えれば映画を見ている人を共犯者の様な心境にさせてしまうんですよね。そしてここで特徴的だったのが、終始ハラハラさせる描写にするかと思いきやコミカルに踏み切っていくところなんですよ。轢いてしまった遺体を隠蔽する為にあれやこれやと手を尽くす。だけどその都度起こるアクシデントと工藤いや、岡田くんと言いましょうか。彼のコミカル演技が相まって笑いに変わっていくんですよね。『ザ・ファブル』でよく見た顔芸も出てくるし、ここにはただ重くシリアスに傾倒した見せ方に終始させず、笑いに舵を切る藤井監督の遊び心が溢れていてめちゃくちゃ楽しませて頂きました。

と、この様に岡田准一演じる工藤の轢き逃げと遺体の隠蔽等が中心となる前半から次第に主軸が変わっていくのですが、中盤からは綾野剛演じる監察官の矢崎の話しへとスライドされていきます。彼は警視庁のエリート監察官であり工藤を追い込んでいく人物です。で、面白いのが彼の人物像やバックボーンを深掘りしていくと見える事があり、彼は彼で追い込まれている立場であるという事なんですよね。工藤に対しては高圧的に迫る一方、彼は彼で別のものに精神を支配され、その重圧と戦いながら日々を過ごしている。また、警察の人間であり狂気を秘めたサイコパスな思考の持ち主でもあり、綾野剛がとにかく冷徹にそしてタガが外れた時の狂気を剥き出しにした時の演技が強いインパクトを与える。この役が綾野剛さんに配役されたのも納得なんですよね。

そしてこの綾野剛演じる矢崎のストーリーが伏線となり、工藤の轢き逃げ事件と重ねていく辺りの脚本は非常によく出来ていたなと思いますし、この辺りでかなり引きつけられましたね。

そしてラストでは工藤と矢崎が対峙しての戦いが待っている。ここまでの流れがとにかくスムーズ。よくありがちな尺稼ぎの無駄な場面が一切ないし、何ならこの作品の場合、取れ高の良い場面を逆にカットしていってお蔵入りになったシーンもかなりあるんじゃないかなと思いました。

また、出てくる人物はとにかくクセが強すぎて磯村勇斗演じる若いチンピラ。柄本明演じるヤクザの組長等等外道のキャラクターわんさか。そしてさらには広末涼子演じる工藤の妻然り綾野剛の妻、磯村勇斗の演じていたチンピラの女に工藤の幼い娘に至るまで身勝手な男達に振り回される女性というのも作品からは映し出されていました。

正直『余命10年』は興行的には藤井監督のキャリアでは最大のヒットとなりました。ただ、個人的には当時辛口で作品を評しました。これは藤井監督作品を見てきた上で恋愛モノよりも社会派エンターテイメントの方が合っているなと僕は感じたんですよね。その意味では今作は藤井節全開というからしさに溢れていて良質な内容だったなと思います。

オススメです!