きんこんのシネマ放談

映画をこよなく愛するきんこんが鑑賞した映画をズラズラっと紹介していく映画ブログ

線は、僕を描く

水墨画の世界を題材にした砥上裕將の青春小説「線は、僕を描く」を、横浜流星の主演、「ちはやふる」の小泉徳宏監督のメガホンで映画化。
大学生の青山霜介はアルバイト先の絵画展設営現場で水墨画と運命的な出会いを果たす。白と黒のみで表現された水墨画は霜介の前に色鮮やかに広がり、家族を不慮の事故で失ったことで深い喪失感を抱えていた彼の世界は一変する。巨匠・篠田湖山に声を掛けられて水墨画を学ぶことになった霜介は、初めての世界に戸惑いながらも魅了されていく。
篠田湖山の孫で霜介にライバル心を抱く篠田千瑛を「護られなかった者たちへ」の清原果耶、霜介の親友・古前を「町田くんの世界」の細田佳央太、霜介に触発されて古前と共に水墨画サークルを立ち上げる川岸を「サマーフィルムにのって」の河合優実が演じ、三浦友和江口洋介富田靖子らが脇を固める。(映画・comより)

三部作として製作され大ヒットし、一躍広瀬すずの人気を押し上げた「ちはやふる」。百人一首という日本古来の文化的題材を用いながら競技かるたに汗を流す高校生達の奮闘を描いた素晴らしい青春映画でした。

その「ちはやふる」の完結編「ちはやふる-結び-」から4年。「ちはやふる」製作チームが着目したのが水墨画というこれまた一般人には馴染みの薄い題材を扱った本作でした。

映画を通して日本の伝統文化を広く知らせていくのは素敵な事だと思います。僕も水墨画にはてんで馴染みが薄い。そこにはどんな世界が広がっているのか楽しみに鑑賞して参りました!

映画の冒頭から早速ダイナミックな水墨画の主張が始まります。それは三浦友和演じる水墨画の巨匠・篠田湖山が巨大な半紙に向かいこれまた大きな筆を手に作品を生み出していく。そこで主人公の横浜流星演じる霜介が魅了されるところから物語が本格的にスタートしていきます。

確かにそれは迫力があり、動きも豪快でムダがひとつもない。霜介ならずとも巨匠の水墨画には引き込まれていく事でしょう。その湖山の目にかかる霜介が湖山の水墨画教室に入り、筆の腕前を上達させていくまでのストーリー…と言えばそうなんですが、この作品はもっともっと深い所に踏み込んでいってるんですね。

それはすなわち作品作りとはその人の人生を反映させるものという事です。ストーリーの前半を見ると霜介は虚無感に満ちている。水墨画を始めるもどこか自信がないんですよ。でもそれが後半になると明らかになる。彼には彼の辛い過去があり、それを乗り越えるという事に彼自信がもがき苦しんでいるんですね。

それだから「ちはやふる」の様にエネルギッシュで躍動感のある主人公を想像すると大きな間違いである事に気がつきます。広瀬すずの千早が動であるならば今作での霜介は間違いなく静ですからね。彼自身が筆を取るシーンだって映画全体の中でも僅かなものですからね。

そう、この映画は水墨画を通しての技術の向上や成功譚ではなく、トラウマの克服や人生経験と作品作りの結びつきといったかなり深い所を描いているんですよ。こういう点は予想もしていなかったので良い意味で裏切られましたね。

また、このトラウマの克服や己の殻を破るというのは霜介だけではないんですよね。ヒロインである清原伽耶演じる千瑛もまた然り。彼女は巨匠・篠田湖山の孫であり、水墨画界の姫として脚光を演じる若き天才…なんて言えば華やかで才能に恵まれた水墨画家なのかと思いたくもなるのですが、実はそうではないんですよね。彼女には彼女なりの苦悩や葛藤があり、それに縛られ自分の作品に自信が持てなくなっている。そうなんです、実はこの映画は水墨画そのものもですが、若者の葛藤とそれを乗り越えて成長していく過程を大きく取り扱っている作品なんです!

ここで言いたい事!タイトルを見て頂きたい!「僕は、線を描く」ではなく「線は、僕を描く」という所です。水墨画を描く姿を捉えるのであれば前者のタイトルを採用すべきではありませんか?しかし、後者になっているのはつまりそういう事!水墨画をきっかけに人が能動的に動いていく。故に「線は、僕を描く」という事なんですね。

それにしても思ったのは製作チームがうまいなと思ったのはこの清原伽耶の撮り方。とりわけ彼女が初めて登場した時ですよね。「ちはやふる」で言うところの松岡茉優演じるカルタクイーンしのぶの様に一段上にいるカリスマ性ある存在感ね。あの撮り方がここでも生かされているんですよ。更に清原伽耶さんの着物姿は素敵すぎる!こういう辺りにはかなりこだわりを持って彼女を女優として輝かせる事に注力し、撮影をしたんだなと思いました。そういえば清原伽耶さんは「ちはやふる」にも出てましたよね。

尚、この二人を安易に恋愛的な展開に持ち込まなかったのは賢明な判断だったかなと思います。ただでさえ、それぞれの人生をフォーカスする場面が多い中、恋愛描写を入れるとそれがノイズになってしまい、主軸となるべく水墨画という題材すらもぼやける事になりかねませんからね。

で、個人的には本作において特に光っていたのが江口洋介さんでしたね!飯を作ったり、雑用をこなしたり、時には運転手をしたりと湖山先生の付人か何か?…なんて思って見てましたが、彼にはとんでもない見せ場が用意されており…。実は映画全体を通してこの場面が特にカッコ良かったです!決して江口洋介の映画ではないですけどね。で、本作においての江口はキャラクター的にもめちゃくちゃ合ってましたね!往年の名作ドラマ「ひとつ屋根の下」のあんちゃんがそのまま年齢を重ねた様な気さくさ。横浜流星さんや清原伽耶さんからすると江口さんはあんちゃんではなく、お父さんの様な年齢差だと思うんですが、篠田湖山門下ではお父さんの様であり、あんちゃんの様でありこういう人と過ごしてたら楽しいんだろうなと思いました。「七人の秘書 THE MOVIE」でも話しましたが、ここ近年は悪役やヤクザ等のアウトロー系の役もこなす江口さん。もちろんそちらも魅力的ではあるんですが、個人的にはこういう善人役の江口さんをもっと見たいなと思ってます。

さて、全体的には非常に見所も多く映画だなと思った一方、もったいないと思ってしまったのが後半の流れですね。前述の様に紆余曲折を経て作品に向き合う若い二人なんですが、結果的には良い方向には向かいます。ただ、どうしても尺の関係で駆け足になってしまい、結果深みが生まれなかったのが個人的には残念な所でしたね。せっかく各々の壁をぶち破り作品を生み出していった両者に対して多少過剰であってもドラマティックに見せる手法や演出はもっとあったのではないかなと思います。

でも水墨画というニッチな世界を舞台に二人の若者が成長していく青春映画としては非常に良く出来ていたと思います。

是非劇場でご覧下さい!