きんこんのシネマ放談

映画をこよなく愛するきんこんが鑑賞した映画をズラズラっと紹介していく映画ブログ

この世界の片隅に

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昭和19年、広島に住む18歳のすずの元に縁談が持ち上がり、広島市から20キロ離れた呉市の北條家へ嫁ぐ事となった。夫・周作ら北條家の人々と共に食糧や物資が欠乏していく中でも明るく健気に生きるすず。しかしやがて戦火の影響が日常にも及んでいく。


正直、この映画についてどうこう語るのは今更感があって気が引けてたんですよ、だって色んな人が語りすぎてるでしょ?
君の名は。』や『シン・ゴジラ』にしてもそうですが、社会現象クラスの映画ともなるとそのタイミングというのが大事で時期を逃すと一気に鮮度がなくなってしまいます。しかし、どうしてもこの作品については触れておきたい。そんな思いに駆られ今更ながらなのは重々承知の上で『この世界の片隅に』について語らせて頂きます。

昭和20年8月。日本人なら誰もが知っている日本史史上の大事件・原爆投下と終戦
戦火の影響を受けるまでのすずと北條家は明るくも慎ましく生き、その情景が新聞の4コマ漫画の様なほのぼのとしたタッチで描写されています。
楠木正成が食していたとされる楠公飯を作ったり、とんちんかんな発言を大真面目にする憲兵の姿に大笑いしたり戦時下とは思えない程皆明るい。
その一方、気の強い性格の義姉・律子に厳しく言われたりとのほほんとしながらもそれなりにストレスを抱えていたすずに十円ハゲが出来たりする光景もありますが、戦争による影響はここではほぼ見られません。
しかし、何度か鑑賞してるうちに気付いたんですよ、この前半部に登場するすずと北條家の日常。実はこれが後半へと展開される上での壮大な前フリであり伏線であると。

中盤、呉港への爆撃を皮切りにいよいよ北條家の生活にも戦火の影響が色濃くなっていきます。
そして義姉の娘・晴美と手を繋ぎ歩いてると遂に悲劇が起こります。
地中の不発弾を踏み、幼い晴美の命とすずの右手が帰らぬものとなります。
絵を描く事が好きだったすず。
幼少時に白波を跳ねるウサギに見立ててデッサンをしたりとすずがイラストを描くシーンはこれまでに何度となく印象的に登場します。
そしてここで初めて前半のほのぼのシーンの持つ意味がわかります。
不器用でもんぺを作るのを失敗してしまった右手であったり、決しておいしくはなかった楠公飯を作った右手です。
すずの右手の喪失は明るい日常の喪失でもありイラストが好きなすずの人生そのものの喪失でもあったのです。

しかし、彼女は強かった。
空襲で爆弾を落とされた家で火を消そうとしたり終戦玉音放送を聞いて溢れる感情を爆発させる描写に込められたすずの魂の叫びは何のために戦い、何のために犠牲を生んできたのか悔しさを訴えかける様でその悲痛なまでの姿を涙なしで見る事は出来ませんでした。

また、広島で被爆をした妹を見舞うシーン。父も母も亡くなり、最後に残ったのがこの妹です。すずの創作した話を面白おかしく聞いたりと幼少期から妹のエピソードは幾度となく登場します。しかし、その妹も長くは生きられません。恐らく最後の面会だったかもしれません。北條家の人々と並び登場頻度も高かった妹だけにこのシーンで込み上げてくる人も多いのではないでしょうか。
思えばすずが一度広島に帰郷した際に言った「さよなら、広島…」の言葉。何気なく言った様に思えるその言葉の意味がその後の原爆、そして家族との別れへと結びつける一言として効果的に使われているのは一度目の鑑賞では完全に見落としておりました。

戦争後はすずと周作夫妻に子供が出来ます。二人の間に出来た子ではなく、原爆で被災した孤児です。
広島で被爆し、ガラス片の刺さった血だらけの母親に手を引かれていた幼女。しかし、母親は息たえてしまいます。ひとり残され、さまよっていた所、出会ったのがすずと周作夫妻です。ノミ、シラミだらけの身体を洗い、亡くなった晴美の服を着せます。「この時代、いくら孤児が溢れていたとは言え犬でも拾う様に子供を養子にするなんて事が出来たのか?」なんて疑問も生まれますが、それはそれ。
晴美の生まれ変わりの様に迎えられる幼女に北條家の戦後、すず・周作夫妻の未来を物語る様でその続きを見てみたいと思わせてくれる印象的なエンディングとなっています。

そしてそこでもまだ終わりません。エンディング後にも見所があります。
本作中盤に登場する遊郭で働く少女・リンさんとのエピソードが登場します。
このリンさん、すずが道に迷ってしまった際、うっかり入ってしまった遊郭で出会います。
帰る道がわからず途方にくれるすず。地面の砂で得意のイラストを描いていたところ、声を掛けるリンさん。
すずの絵が気に入り、自分の好きな食べ物を描いてもらう様リクエストをします。一見明るく見えるリンさん。
すずが次も来ると告げると「ここは来る様な場所じゃないよ」と物悲しく言います。
当時は珍しかった喫茶店にあるウエハー(ウエハースの事)ののったアイスクリームを知っていたり元々は裕福な家の娘だったのかもしれません。
時世柄何らかの事情により遊郭に売られてしまったのでしょう。
リンさんが本編に登場するのはこのシーンのみです。
その後、遊郭の辺りがひどい爆撃を受けたという伝聞をすずは耳にしますが、リンさんがどうなったかはわかりません。
しかし、エンドロールが終わった後、本作のクラウドファンディングに協力した人達のスクロールが流れるのですが、そこでリンさんの姿を発見する事になります。それも意外な形で。最後の最後まで見逃せないつくりは制作者の旺盛なサービス精神そのものです。

間もなく公開から一年。この一年で最も多くの人の心に訴えかけ、多くのひとに感動を与えた作品だと思います。一言言わせてもらえるならば…。

この映画を観てない人は本気で人生損してます!

今からでもDVDチェックする事をお勧めします!