きんこんのシネマ放談

映画をこよなく愛するきんこんが鑑賞した映画をズラズラっと紹介していく映画ブログ

すばらしき世界

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「ゆれる」「永い言い訳」の西川美和監督が役所広司と初タッグを組んだ人間ドラマ。これまですべてオリジナル脚本の映画を手がけたきた西川監督にとって初めて小説原案の作品となり、直木賞作家・佐木隆三が実在の人物をモデルにつづった小説「身分帳」を原案に、舞台を原作から約35年後の現代に置き換え、人生の大半を裏社会と刑務所で過ごした男の再出発の日々を描く。殺人を犯し13年の刑期を終えた三上は、目まぐるしく変化する社会からすっかり取り残され、保護司・庄司夫妻の助けを借りながら自立を目指していた。そんなある日、生き別れた母を探す三上に、テレビディレクターの男とプロデューサーの女が近づいてくる。彼らの真の目的は、社会に適応しようとあがく三上の姿を番組で面白おかしく紹介することだった。まっすぐ過ぎる性格であるが故にトラブルの絶えない三上だったが、彼の周囲にはその無垢な心に感化された人々が集まってくる。
(映画.comより)

先日取り上げた『ヤクザと家族 The Family』そして本作。
共通して言えるのは裏社会で生きた男の堅気としての生き方であり、同時に彼らを受け入れる寛容性について問うというものです。
西川美和監督と言えば2016年に手掛けた『永い言い訳』で夫婦のあり方をリアリティーたっぷりに描き映画ファンの間でも大きな話題を呼びました。
僕もこの作品は当時劇場で鑑賞し、そのストーリー展開の秀逸さや登場人物の感情の機微を非常に生々しく伝え、かなりの衝撃をおぼえたものです。
そんな西川監督が裏社会で生きたこの三上という男をどの様に描き、そして我々に何を投げ掛けてくるのか僕も公開前から楽しみにしていた作品です。

結論から言えば前述の『ヤクザと家族』とはまた違う形での社会風刺と寛容性の是非を巡る問いかけは今の時代にこそ見るべき作品であり、僕の心にも大きな余韻を残してくれました。

本作の主人公・三上を演じたのは日本を代表する名優・役所広司さん。
これまでにも数々の役に挑み高い評価を得てきた役所さんのアウトロー役はこれまたハマっており、50代半ばで出所し、生きる道に奔走する不器用な男をその名演技で魅了してくれました。
とりわけ毎ある事に発せられるドスの効いた恫喝シーンはこれまでの役所さんのイメージとは異なる面があり、意外性はあるものの迫力たっぷりです。
そんな不器用な三上が社会復帰をする為に就活をしたり運転免許を取得する為に教習所へ通ったり。
しかし、我々が当たり前の様に送る日常生活が彼にとっては非常に困難であり、トラブル回避の感情コントロールもままならない。
しかし、次第に彼の理解者も現れ社会復帰が実現するかと思いきや、うまくいかないんです。

それは本人の問題ももちろんあるんだけど周囲の目という大きな壁。
更に生活保護等日本の福祉制度においての法的困難もあったり。

だけどそれでも社会に溶け込もうとする三上の姿にいつしか僕も心を打たれ、応援したくなるんですよね。

それにしても社会って何だろう?
税金を納め家族を守り、労働をする。
そこには他者との共同生活で要求されるルールを守るとか迷惑を掛けないとか当たり前だけど社会で生きるにはいざこざなんて起こしちゃいけないんだよね?
だけど町で市井の人が襲われてたらスルーするものなの?
職場内にいじめがあったら黙認するのが大人?
騒音を発し、ゴミの分別もしない共同生活のルールを守れない人を注意しないの?

触らぬ神に祟りなしとか当たらず障らずトラブルを起こさない様、目立たない様に暮らせば自分に火の粉は降りかからなくとも誰かが困っている事だってありますよね。
三上が暴力的になるきっかけって実は社会の中での不条理に対してであって動機自体は間違った方向ではないんですよね?
ただ、感情のコントロールが効かずその結果取り返しのつかない過ちを犯してしまうわけであって。
実はこの映画って出所した人への寛容性を問うと同時に社会とは?とか大人とは?といった普遍的なテーマを大きく扱っているんですよね。
それが見ている人へ強く訴えかけてくるんですよ。
また、社会復帰を目指す男を好奇の目でカメラを回すテレビ局への風刺とも取れる描写は印象的でした。
僕は社会の片隅であえぐ人を写し出すドキュメンタリー番組はよく見ます。
彼らの生活の実態や何故今の生活を余儀なくされているのかを注視し、自分への戒めにしたりするわけですが、でもこれって人によっては好奇の眼差しで見たりするわけじゃないですか?
報道のあり方としてはこういった生活に身を置く人を写し出す事で社会へ強いメッセージを投げ掛けるべくその使命を追って番組を製作している事だとは思いますが、しかしその一方、如何に視聴者に興味深く関心を集める事が出来るかの面白おかしく煽る報道をする傾向だってあるわけですよね?
そんな報道のあり方に一石を投じた様なメッセージ性も感じましたね。

さて、この映画ですが、僕の心を強く捕らえたのはやはり救われないラストシーンでした。
一歩ずつ社会との繋がりを持ち歩き始めた三上にどこまで神様は残酷なんだろう?
でもね、僕はこのラストだからこそ映画全体の深みをより強めたという印象でしたね。
少年時代から不遇な生い立ちを歩み、手のつけられない不良少年から裏社会へ。
服役後、人生の再スタートを不器用なりに歩んだ彼の人生の無情感が溢れていました。
そして彼の生きた世界に広がる空の光景。
これを写し出す事で物語の終結と共に生きるとは何かを我々に強く投げ掛けていた様でもありました。
儚くも美しい一人の男の物語。
強くオススメします!