きんこんのシネマ放談

映画をこよなく愛するきんこんが鑑賞した映画をズラズラっと紹介していく映画ブログ

こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話

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筋ジストロフィーにかかりながらも自らの夢や欲に素直に生き、皆に愛され続けた実在の人物・鹿野靖明さんと、彼を支えながらともに生きたボランティアの人々や家族の姿を描いた人間ドラマ。大宅壮一ノンフィクション賞講談社ノンフィクション賞をダブル受賞した書籍を原作に、「ブタがいた教室」の前田哲監督がメガホンをとり、大泉洋が主演を務めた。北海道の医学生・田中はボランティアとして、身体が不自由な鹿野と知り合う。筋肉が徐々に衰える難病・筋ジストロフィーを12歳の時に発症した鹿野は、いつも王様のようなワガママぶりで周囲を振り回してばかりいたが、どこか憎めない愛される存在だった。ある日、新人ボランティアの美咲に恋心を抱いた鹿野は、ラブレターの代筆を田中に依頼する。しかし、実は美咲は田中と付き合っていて……。医学生・田中を三浦春馬、彼の恋人・美咲を高畑充希がそれぞれ演じる。
(映画.comより)

まぁ、ぶっちゃけ言うとですね~、予告編見た段階ではまず僕の選択肢から外れていたんですよ。
大泉洋が傍若無人な振舞いの障害者を演じ、真夜中にバナナが食べたいなんてわがままを言い、高畑充希が買って来たバナナをドンとテーブルに置き、「今怒ってます」のテロップ。
そこに被せる様に「あ~、今グッときた~」のセリフ。
よくある残念な邦画かな~なんて思っていたんですよ。
しかし、母親が見たいと言い出したので、まぁこれも親孝行のうちなんてあくまで付き添いで見に行くかくらいの感じだったんですよ。

ところが実際に見たらいや~、いい意味で騙されたわ~。
良かったです!

では内容に触れていきましょう。
予告編で見たわがままな障害者・鹿野靖明さんが冒頭からその暴君の様な振舞いを見せます。
正直確かにイラっとします。
でも、そこはそれでいいんです。
高畑充希演じる美咲。
なかなか過激な発言します。
でもそれはボランティアとは全く無縁の市位の人間として率直な感想でもあり、実際にこの映画を見た人の多くが感じる事でもあります。
そして三浦春馬演じるボランティアの医学生・田中が「美咲ちゃん、それは言い過ぎ」とたしなめるわけです。
この田中くんと美咲ちゃんの関係性を知らない鹿野さんが美咲ちゃんにベタボレしちゃうというのが一連の流れです。

この前半部から既に良い流れなんですよね。
障害を題材にするとどうしても道徳的な物になりがちなのですが、この作品において言えば笑い或いは怒りという感情に訴えかけてるんですよね。

実際の障害者の方の話しで聞いた事あるのですが、障害に対して身構えないで健常者と同じ様な接し方で向き合ってほしいという思いを持たれる方は多い様です。
乙武さんだったかな?

この作品においての鹿野さんと周囲のボランティアの人達の関係性は鹿野さんと仲間達なんですよね。
介護されるのは鹿野さんですが、当の鹿野さんはわがまま言い放題。
じゃあ何でそんな鹿野さんにみんなは手を尽くすの?
それが劇中で明かされる様になってくるとこの鹿野靖明という人が実に魅力的に写ってくるんですよ。

実は鹿野さんがみんなにわがまま言うのは自分自身のポリシーから。
それについてはここでは触れません。
ただ、「他人に迷惑をかけるな」という世の中の風潮に風穴を開けるかの様な価値観にその哲学を生み出した鹿野さんに尊敬の念をおぼえます。

また、親子の関係についても深い描写があるんですよね。
綾戸智恵演じる鹿野の母親が鹿野の元を訪れるのですが、鹿野は常にお母さんにきつく当たるんですよ。
でも実はこれは彼なりの優しさであったりする。
不器用だけどめちゃくちゃ愛に溢れた人なんですよ、鹿野さんって。

鹿野さんが美咲ちゃんに一目惚れ。
その美咲ちゃんは田中くんとの関係がぎくしゃく。
美咲ちゃんも鹿野さんの人間性に惚れ込み、ボランティアに積極的に来る様になるとあわや恋仲に?
なんて展開もあるんですが、ここでは健常者と障害者の恋愛云々というテーマが盛り込まれていました。
いわゆる恋愛スイーツ映画は苦手なんですが、こういう主題がしっかりした物に関しては話しは別。
この二人がどういう展開になるのかは割と熱心に見ておりました。

で、鹿野さんが何でこんなに輝いて見えるのかなんですが、彼には夢がある。
そしてそれに向かって懸命に努力をしているって事なんですよね。
講演会を行うシーンで彼がその夢を語るのですが、
見ているこちらが勇気をもらいますよ!

夢を持ち、努力を怠らない。
毒舌家だと人を楽しませるユーモアを忘れない。
慈愛に満ちた好人物。

そりゃ人に慕われるよ!鹿野さん。

なんてすっかり鹿野さんに惚れ込んじゃいました。

もちろん実在した鹿野さんが素晴らしい方だったのは言うまでもないですが、この映画で鹿野靖明さんを演じた大泉洋さんの演技力が見事ですよね!

また、田中くんの良く言えば優しい好青年、悪く言えば優柔不断で決断力がなく流されやすいヤツ。
三浦春馬さんが見事に好演していたなと思いますし、気の強い美咲ちゃん。
個人的に高畑充希さんだと『DESTINY 鎌倉ものがたり』の一色亜紀子役が高畑さん史上最上級のハマり役であると約一年程前に評しましたが、それに勝るとも劣らない名演技でした。

それから本作の最大の見所と言えばやはりラストなんですが、個人的にここが最も良いポイントだと思ってます。
病とか人の死が作品に絡んでくるとどの様な演出が加わるかというのは重要だと思いますが、例えば過剰な演出でもって徹底的に観客を泣かせにかかる映画ってありますよね?
それが悪いとは言いません。
確かに人の感情を揺り動かすには少々オーバーな演出だって時には必要です。
ただ、一方では言葉悪いですが、感動ポルノと否定的に捉える人も居るでしょう。
その点、本作はあっさりしてる。
鹿野さんの容態が悪化してからの闘病シーンにだってしっかり笑いが盛り込まれているし、泣きのシーンだって鹿野さんを慕っていた人達や両親からの目線で鹿野靖明とは?という人物論をあくまでさらっと語るだけ。
それでもめちゃくちゃこみ上げてくるんですよ。
それは作中で鹿野靖明が見せた人物像とそのドラマをこれまでたっぷりと見てきたからこそなんですよね。
つまり、見ている僕らが完全に鹿野さんに心捕まれちゃってるが所以なんです。
鹿野靖明さんという人はもうこの世には存在しません。
だけどもし鹿野さんの様な人が身近に居たら友達になりたいななんて思いましたよ。

それから本作の舞台となっているのは1994年の北海道。
この時代ならではの空気感がこれまたさらっと演出されていたのは良かったですね。
時代の空気感を出すには例えば当時のヒット曲を流すなり人気があったテレビ番組を写すなり登場人物に流行ったフレーズなんかを言わせたりいくらでもやり方はありますよね。
しかし、本作で印象的だったのは敢えてその手法を取り入れず、通信手段ひとつで効果的に演出してました。
この時代にはメールやラインもないし、そもそも携帯電話そのものも一部の人しか所有していませんでした。
田中くんと美咲ちゃんの様な若いカップルの場合、お互いの家の固定電話で連絡を取り合うしかなかったわけです。(ポケベルもあったけど劇中には登場していない)
この二人の場合、田中くんが美咲ちゃんのバイト先の喫茶店に電話して取り次いでもらってました。
今では考えられない光景ですが、この当時はこうして若い二人は愛を育んでいってたのですね。

この様に演出面で言えばかなり僕好み。
過剰な演出を排除して、サラリとでも確実に心に訴える手法はかなり好印象です。

笑いはふんだんに涙はあっさりと。
障害や病気というハードルの高い題材でここまでの作品を作り上げた事は称賛にあたると思います。

この冬、いちばんのオススメ作です!