きんこんのシネマ放談

映画をこよなく愛するきんこんが鑑賞した映画をズラズラっと紹介していく映画ブログ

劇場版 夏目友人帳 うつせみに結ぶ

f:id:shimatte60:20181010163137j:plain

緑川ゆきの人気コミックを原作とするテレビアニメ「夏目友人帳」の劇場版。テレビ版第1~4期の監督を務めた大森貴弘を総監督に、原作者監修によるオリジナルエピソードを描く。小さい頃から他の人には見えない妖を見ることができた夏目貴志は、亡き祖母レイコが妖たちとの勝負に勝って書かせた契約書の束「友人帳」を継いで以来、自称用心棒のニャンコ先生と共に、妖たちに名を返す日々を送っていた。そんなある日、夏目はかつての同級生・結城との再会をきっかけに、妖にまつわる苦い記憶を思い出す。時を同じくして、夏目は名前を返した妖の記憶に出てきた女性・津村容莉枝とその息子・椋雄と知り合う。母子の住む街に謎の妖が潜んでいると聞いた夏目は、ニャンコ先生と共に調べに向かうが……。人気俳優の高良健吾が椋雄の声を担当。
(映画.comより)

ハイ、はじめに言っておきますが、全く予備知識なしです。
そもそも『夏目友人帳』というアニメ自体この劇場版が公開され、週末動員ランキングで初登場1位になるまでは全く知りませんでした。
にも関わらず敢えてこの作品を選びレビューまでするという大胆かつ不敵な行為に走るわけです。
ならばせめて原作を読むとかレギュラー放送されたアニメのDVDでも見れば良いのですが、それすらもしませんでした。

でも、それで結果的に良かったと思います。
なぜならこの映画。
私の様な無知な人間にも非常に優しい作品なのでした。
ざっくりと言えば妖怪モノです。
はい、ざっくりし過ぎましたけど『ゲゲゲの鬼太郎』や『妖怪ウォッチ』とはまた違ったテイストの妖怪を題材にしたアニメーションです。

正直、本作を見るまでは不安でした。
いわゆる深夜アニメの劇場版にありがちなのですが、アニメのレギュラー放送を見ていないとついていけない。
これまで何度か予備知識なしでの鑑賞にチャレンジしては悉く劇場のイスでウトウトなんてありましたからね。
果たして大丈夫か?

しかし、そんな不安は杞憂でしたね。
例えば『名探偵コナン』の劇場版を思い出してみて下さい。
冒頭で必ず説明が入りますよね。
コナン君が何故小さくさせられたのか?とか周囲の人物関係であったりとか。
あれって実は結構重要だと思ってます。
アニメの劇場版というのはおしなべて言えばレギュラー放送で一定の人気を得てそして満を持して映画化。
そして大々的に公開されるわけですよね。
そこで初めてその作品に触れる人もいるわけです。
それが一見さんお断りな難解な内容だったらそれで終了。
新規ファンの開拓は望めないのですが、既存のファンもしっかり満足させ、新たに見る人にも丁寧に作られてあると作品そのものに関心を持ち、レギュラー放送、更に原作にも触手するという新規ファンが生まれやすいわけです。
もちろんそこには内容の良さも問われるんですけどね。

その点においてこの『劇場版 夏目友人帳』なんかは親切でしたよ。
そもそも友人帳とは何ぞや?とか主人公・夏目貴志と祖母・夏目レイについてとか妖(あやかし)というものについて登場人物や設定等を事細かに説明してくれるので初心者にも超~優しい!

しかもストーリーも非常にシンプルで分かりやすいんですよね。
こういうアニメ映画は悪くないです。

そもそも妖怪の漫画・アニメが日本で人気がある要因としては日本人と民俗学の関係が大いにあると思うんですよね。
古くから妖怪、鬼、もののけ等形は様々ですが、信仰或いはその存在を身近に感じてきた歴史がありますよね。
妖怪の実態こそ見た人は居ないでしょうが、その存在自体は誰しもが民話、説話等を通して馴染みのあるもの。
幼い頃、妖怪への空想を広げたという人も多いでしょう。

それを具現化させたのが一連の妖怪を題材にした作品群ですね。
その作品においての妖怪はただ怖いだけでは体を成さない。
決してホラーではありませんからね。
かわいくデフォルメしたキャラクターが欠かせません。
その点ぬかりありません!
ニャンコ先生、かわい過ぎやろ~?
かわいさにもタイプがあるわけですが、ちょっとブサイクなかわいさと言うのですかね、ドラえもんの様な愛らしさです。
可愛くてちょっぴり憎たらしくもあるのですが、能力は高い。
それ故に先生なんですけどね。
で、そんなニャンコ先生の身体がパカッと別れちゃうんです。(その辺は予告でも流れていたのでネタバレではありません。)
そしてそれを巡っての貴志らの奮闘ぶりが本作のハイライトです。
前半部の伏線回収と合わせてチェック頂きたいポイントです。

そして貴志の祖母である夏目レイコという女性について。
なかなか陰キャな青春を過ごしていた様ですが、本作では彼女のルーツを知る人物が登場し、謎多き夏目レイコに迫っていきます。
そしてその人物(レイコを知る女性の事です)にまつわるあるキャラクターが妖だった等ストーリー的にもドラマがあり、うるっとする所もあります。

繊細で柔らかいタッチの絵ですし、ゴチャゴチャしていない。
背景も非常に目に優しいそんな作品でした。
末見のシリーズ物のアニメを見るのはハードルが高いと思われる方も多いでしょう。
しかし、本作においては心配ありません。
新しい世界に飛び込んでみませんか?
気に入った方はこれを機にレギュラーアニメのDVDをレンタルしてみてもいいかもしれませんよ。

コーヒーが冷めないうちに

f:id:shimatte60:20181008200137j:plain

本屋大賞2017」にノミネートされた川口俊和の同名ベストセラー小説を、有村架純の主演で映画化。時田数が働く喫茶店「フニクリフニクラ」には、ある席に座ると望み通りの時間に戻れるという不思議な噂があった。過去に戻るには面倒なルールがいくつもあったが、その全てを守った時、優しい奇跡が舞い降りるのだという。今日も店には、噂を聞きつけてやって来たキャリアウーマンの清川二美子や、訳あり常連客の高竹佳代と房木康徳、なぜか妹から逃げ回っている平井八絵子ら、それぞれ事情を抱える人々が訪れてくる。タイムスリップの引き金になるコーヒーを淹れることのできる数も、近所の美大生・新谷亮介に導かれるように、自分自身の秘められた過去に向き合っていく。
(映画.comより)

ぶっちゃけて言うと僕はこの映画を見るまでは不安だったんですよ。
キャッチコピーが「4回泣けます」ですよ。
邦画にありがちな泣きのごり押しと言うんですかね。
「ほら、この映画めっちゃ泣けますよ。こういうの好きなんでしょ?」と言われてるみたいなね。
「そんなん言うてホンマに泣けるんやろな?泣けんかったらどうすんのや?」なんてひねくれ者の僕なんかは思っちゃうんです。
そもそもこういうコピーってハードル上げてるだけな気がするんだけどな。
「人の心に訴えかける感動作を目指して作りました。よかったらご鑑賞下さい」みたいなスタンスなら「ほぉ、どれどれ見てみようね」なんて思えるものなんですけどね。

あ、すいません。冒頭から愚痴っちゃいましたね。
なんて言いながら僕自身はあざといと思いながらもお涙頂戴物は割と好きです。
今年の作品で言えば『今夜、ロマンス劇場で』とか『50回目のファーストキス』みたいなヤツね。

更に本作は時間軸操作系のSF要素も入ります。
古くは『時をかける少女』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ですね。
ちなみに個人的に思うのですが、『ドラえもん』が何故長きに渡り愛されているかの理由ってこの時間軸が大いに関わっているからというのがあると思うのです。
実際問題、時間というのは逆戻り出来ないし、未来を覗く事も出来ない。
そこにロマンを感じるんだと思います。
時間軸にロマンを抱かせる作品というのは売れる為にはかなり効果があると思うんですよね。(この夏の細田守作品については突っ込まないで下さい。僕は好きですけど)
本作においては過去に戻る事が出来るのですが、それがあまりに限定的なんです。
コーヒーを煎れてそれが冷めきるまでのわずかな時間ですから。
しかも過去に戻って何かをしたところで実際の世界における結果は何も変わらない。
でも、それでいいんです。
過去に戻って歴史を変える様な大それた事なんかしなくていい。
例えば大切な人に何かを伝えたり、あるいは何を考えていたのか聞き出したり。
そしてそれによってその人の次なるステップに向けたきっかけになるかもしれないのです。

本作は4つのストーリーで構成されたオムニバス作品です。
例を挙げれば『ツナグ』とか『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の映画ですね。
ひとつひとつにおけるストーリーも確かにわかりやすかったです。
恋愛、介護、確執のあった家族との向き合い方等々。
実際うるっときた場面もあるし涙腺の弱い人ならば確かに泣けるでしょう。
とりわけ松重豊さんと薬師丸ひろ子さんの夫婦の話し、吉田羊さんの妹とのエピソードは個人的には本作におけるハイライトと呼べるシーンだったと思います。
このままのペースを最後まで保っていれば『今夜、ロマンス劇場で』、『50回目のファーストキス』、『SUNNY 強い気持ち 強い愛』に並ぶ今年の四大泣き邦画に名を連ねていたかもしれません。
しかし、ラストへの展開が急ぎすぎたのか残念な展開になってしまったのは否めません。

しかし、過去に向き合いそこから吸収した上で今の自分と対峙していく。
そして新たなステップを踏むためにそっと背中を押してくれる。
そんな前向きな映画でした。

泣きこそしませんでしたが、見終わった後にスッキリとした余韻も残してくれました。

ただ、100%満足出来る様な作品ではなく、残念な点は多々あったのでお伝えしておきます。
前述の様に後半のストーリー展開もそうなのですが、いちいち強引さが粗となって出てくるんですよ。

物語の舞台となる喫茶店「フニクリフニクラ」で働く有村架純演じる時田数という女性はこの店のアルバイト店員であると同時に本作におけるストーリーテラー的な役割をしていました。
ただ、後半になれば彼女そのものをクローズアップしていく様になります。
いや、それ自体は悪くはないんですよ。
ただ、あまりに唐突なんですよね、展開が。
何らかのクッションを入れて欲しかったですね。 

それから本作鑑賞前に感じていた不安点が的中してしまったのですが、どうしてもテレビドラマ的なんですよね。
主演の有村架純はじめ波瑠、松重豊薬師丸ひろ子、吉田羊等演技は素晴らしいのですが、その足を引っ張るかの様な演出やご都合主義感が頂けなかったし、役者の表情を撮りたいのはわかるけどアップにし過ぎてて背景がぼやけてしまっている。
後、タイムスリップする際の面倒なルールや制限があるのはわかるとして、過去から物を持って来れるって設定聞いてないんだけど?
それからこの不可思議なタイムスリップについて数は手品みたいなものなんて表現していましたね。
分かりやすく伝えたつもりかもしれないけど、何か腑に落ちないなぁ。
いや、よしんば手品だとしてもそれならそれで種明かししてくれよ~はぐらかされた感じだなぁ。
最後に出てきた女の子。(数との関係性はネタバレになるので言いませんが)
キャラ設定がイラっとしたなぁ。
何であんな不思議ちゃんみたいなキャラにしたのかなぁ。

なんて不満は枚挙に暇がない程あります。
途中までは良かっただけに惜しいんですよね~。
もったいないというのが個人的な印象でした。

プーと大人になった僕

f:id:shimatte60:20181002211450j:plain

A・A・ミルンによる名作児童文学をもとにしたディズニーの人気キャラクター「くまのプーさん」を、初めて実写映画化。大人になったクリストファー・ロビンが、プーと奇跡的な再会を果たしたことをきっかけに、忘れてしまっていた大切なものを思い出していく姿を描くファンタジードラマ。「スター・ウォーズ」シリーズのオビ=ワン・ケノービ役などで知られるユアン・マクレガーが大人になったクリストファー・ロビンを演じ、「007 慰めの報酬」「ネバーランド」のマーク・フォースター監督がメガホンをとった。かつて「100歳になっても、きみのことは絶対に忘れない」と約束を交わしてプーと別れた少年クリストファー・ロビン。月日が流れ大人になった彼は、愛する妻や娘とロンドンで暮らしながら、旅行カバン会社のウィンズロウ社で多忙な日々を送っていた。しかし、忙しすぎるゆえに家族との約束も守ることができず、思い悩んでいた彼の前に、かつての親友プーが現れ……。
(映画.comより)

誰もが知ってる全世界の人気者・くまのプーさん
しかし、原作ってどんなお話しか皆さん、ご存知ですか?
何て実は僕も知らないです。
しかし、それではこの映画を紹介する上で少々バツが悪いなぁという事で概要だけは調べました。
するとクリストファー・ロビンという少年は実在した様ですね。
作者であるA.A.ミルン。
彼の息子こそがこのクリストファー・ロビンその人だった様です。
そして本作にも登場するサセックス近郊の森というのも実在するみたいです。
更に更に…プーさんも実在していた!と言いたいのですが、熊そのものではなくクリストファー・ロビン少年に持たせていたぬいぐるみの様です。
そういえばキャラクターとしては超有名なのに原作末読で見た映画ってあったなぁ。
当ブログでも取り上げました『ピーターラビット』です。
ピーターラビット』の面白さと言えばあの図書カードなんかでよく見る可愛くもどこか上品さが漂うイメージとは裏腹にヤクザ映画さながらのウサギ対人間のやったやられたの攻防戦をとことんコミカルにそれでいてお下品に見せてくれた辺りにあるとこのブログでも紹介しました。
更に愛らしい熊が主役の個人的にも大好きなシリーズに『テッド』や『パディントン』という作品があります。
この二作はキャラクターのタイプこそ違えどナンセンスなドタバタコメディとなっており、それでいて社会的なメッセージも織り込まれている名作です。

そしてこのプーさんですが、流石はディズニー。
ファンタジーにはとことん硬派。
決してオフザケはせず、(笑えるシーンは多いですよ)ストレートに我々大人にメッセージを突きつけてくる。
同じディズニー映画でも『シンデレラ』や『美女と野獣』の様な派手さもゴージャス感もありませんが、しかし秋に鑑賞するにはうってつけの味わい深い作品でありました。

ストーリーの胆となるのが、クリストファー・ロビンの過去と現在を結ぶ成長譚。
しかし、その過程で失われていったものを見つめ直すというものです。
クリストファー・ロビンはかつては、プーさんをはじめ森の動物達と遊ぶピュアな少年でした。
しかし、その時は長くはありません。
青年期には戦争にも行き、中年となった今は社会で戦う勤め人であり、妻と娘の居る夫であり、父です。
目の前の仕事に追われ、妻や娘との時間すら持てません。
確かに仕事は大事だけどそれによって大事な何かを無くしていない?
それを問いかける作品です。
しかし、プーたちは昔と何も変わっていない。
森の中でのんびりと暮らす毎日。
そんなプーと大人になったロビンの間に生じる様々なギャップなども織り込みながら、クリストファー・ロビンという人物をフィルターに我々にもメッセージを投げ掛けてきます。

この作品で印象的なのが前半部。
幼少期から現在までのロビンの半生をダイジェストで流していくのですが、単に一場面一場面を繋ぎ合わせるわけではなく、まるで絵本でも見せるかの様にイラストになった登場人物達が実写として現れ、現実世界として進行していく。
その手法を取り入れる事によってより本作の深みを産み出していたと感じます。
ちなみにこの手法、原作に基づいているとの事ですよ。

それからプーをはじめとした動物たちが可愛い。
プーはぶっちゃけ声なんかはオッサンなんですよ。
しかし、時折自分を卑下して落ち込んだりする場面は可愛くも胸につまされたりもする。
テッドやパディントンもそれはそれで良いですが、このプーさんは純粋がゆえによりキャラクター萌えしてしまいますね。

そしてこの映画最大のテーマですが、それは「何もしない事」の重要性を説いています。
クリストファー・ロビンはとにかく仕事人間です。
片時もビジネスバッグが手放せず、電車の中でも仕事に明け暮れる。
一方のプーは基本的には何もしません。

その隔離された二者から通して投げ掛けられてるもの、それは「do nothing 」何もしないをしよう。
我々が社会の中で生きていく上で与えられた役割をこなし、日々の生活を過ごす。
それこそが道を外さない社会人として模範的な生き方とされています。
だけど「あなたの人生はそれでいいですか?」
というメッセージであり、モラルに沿った生き方へのアンチテーゼでもあるのです。
ニートになれと言ってるわけではありません。
日々、がむしゃらに生きるのはいいです。
だけど、時には手を休めて何もしないという選択をしてみて下さい。
そこから見る景色を眺め、鋭気を養えば次の何かが見えてくるかもしれませんよ。

この映画からはそう言われている様でした。
そこからのラストの展開は見事でした。
そして見終わった私はとても清々しかったです。

この作品は大人にこそ見てほしい!
家事・育児、仕事、人間関係。
疲れている現代の大人達、一度「何もしない」を選択し、その時間にこの映画を劇場鑑賞してみて下さい。
あなたの明日からの生活に新たな活力が生まれるかもしれませんよ。

カメラを止めるな!

f:id:shimatte60:20180924194414j:plain

映画専門学校「ENBUゼミナール」のワークショップ「シネマプロジェクト」の第7弾として製作された作品で、前半と後半で大きく赴きが異なる異色の構成や緻密な脚本、30分以上に及ぶ長回しなど、さまざまな挑戦に満ちた野心作。「37分ワンシーンワンカットのゾンビサバイバル映画」を撮った人々の姿を描く。監督はオムニバス映画「4/猫 ねこぶんのよん」などに参加してきた上田慎一郎。とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画の撮影をしていたが、そこへ本物のゾンビが襲来。ディレクターの日暮は大喜びで撮影を続けるが、撮影隊の面々は次々とゾンビ化していき……。2017年11月に「シネマプロジェクト」第7弾作品の「きみはなにも悪くないよ」とともに劇場で上映されて好評を博し、18年6月に単独で劇場公開。当初は都内2館の上映だったが口コミで評判が広まり、同年8月からアスミック・エースが共同配給につき全国で拡大公開。
(映画.comより)

いや~、難しい…。
ブログを初めて一年、ラジオで映画レビューコーナーを始めてからは11月で一年になりますが、この映画程伝えるのが難しい作品はありません。
だってこの映画を話す事自体ネタバレが避けられないですもん。
なので今回については敢えて言います。
予備知識なしでこの映画を見たいという方は速やかにお引き取り下さい。
そして鑑賞した後に改めて答え合わせ的にまたお立ち寄り下さい。




それでは大丈夫ですか?ここからはしっかりと本作について語らせて頂きますよ。

まず、本作についてはこの夏都市部で公開後、口コミでじわじわと広まり、全国的に拡大していったのは皆さんご存知の通りです。
近年で言えば『この世界の片隅に』という作品のヒットパターンに似ています。
本作の予告編を見て感じた印象としては和製ゾンビ映画、ホラー映画でありそれは誰もがイメージする事でしょう。
しかし、見事に予想が覆されましたが、その辺りについては後程触れていきたいと思います。

実は本編が始まってしばらくは正直しんどかったです。
ホラー映画やゾンビ映画が元々得意ではない事もありますが、ただただゾンビになった同じ映画の撮影スタッフから逃げまとうキャストやメイクスタッフという展開に次第に飽きてしまったというのが前半の印象です。
しかもシリアスなシチュエーションの中で明らかに不自然な会話も生まれる。
「このセリフいる?」なんて思うシーンもありますし。(後半部への伏線ですけどね )
確かに37分ワンカットの長回しは見応えもありましたし、インディーズ映画とは思えないクオリティの高さもありました。
しかし、自分の期待値が高かったのでしょう。
「何だ、話題のカメラを止めるな!ってこんなもんか。思ってた程でもなかったな」なんて思ってました。

しかし、これは大きな間違いでした。
本当の意味で面白くなるのは37分長回しの後、中盤そして後半の展開でした。
例えて言えばNGショットって見た事あるでしょう。
昔のジャッキー・チェンの映画ではエンドロールが流れる中、このNGショットを見た事がある。
そういう人も多いでしょう。
本作の前半部は『ONE CUT OF DEAD』というひとつの作品が上映されます。
廃墟の中で行われる映画の撮影。
その中で次々とクルーがゾンビ化していき、彼らの恐怖から逃げ続けるキャストとクルー。
そして衝撃のラストシーンが流れた後、件のNG カットよろしく始まっていくメイキングシーン。
この舞台裏こそが本作の胆となる部分であり、ここからの展開にはホントうまい事騙されました。
まさかこういう流れになるとは予想だにしませんでしたからね。
このゾンビ映画『ONE CUT OF DEAD 』の企画が浮上する段階から始まっていきますが、話しを持ちかける製作会社のプロデューサーというのが超~胡散臭いんですよ。
映画に一言格ある有名ラッパー曰くa社とY社のプロデューサーがモデルになっているのではという指摘がありましたが、正に言い得て妙。
そういう風にしか見えない胡散臭さ(笑)

そして様々な背景を含めて撮影はスタートするのですが、そこからはドタバタコメディのスタート。 
こちらは多くの人が言う様に三谷幸喜的なんですよね。
登場人物のキャラクターにしてもアル中の俳優、胃腸が弱く神経質な俳優、「おばちゃん」と呼ばれる終始表情を変えない中年AD等々。
やる気のない「よろしくで~す」が口癖のアイドル女優。
波を自然に流せないから目薬を使う、汚れ仕事は「私はいいけど事務所が~」とやんわり断る。
きっとこういうタイプの女優さんってこんな人なんだろなぁなんて想像してしまいます。
三谷作品にありがちな個性の固まりの様な連中が見事に作品内の住人として世界観を構築していく。
脚本に目を向けると奇妙な偶然が偶然を重ね、そして偶発的な笑いを呼び込む。
全てが繋がる事によって喜劇性が生まれていき、いつの間にか前半のハラハラ感はどこへやら。
久しぶりに劇場内で
声に出して笑ってしまいました。
私だけではなく劇場全体で。
脚本の妙とはこの事です。
畳み掛けられていく笑いが何とも心地良いし、テンポも素晴らしい!
そして前半のあのシーンはこんな風に結びついていくのかといちいち感心させられる伏線回収。
笑いながらもかなり度肝を抜かれてましたよ。
短編映画のメイキングというドキュメンタリー映像になるかと思いきやそこからコメディに昇華させ、サスペンス要素も加えていく。
脚本も良ければテンポも良い、出てる人達は現時点では無名のキャスト陣、しかしどの人も演技が素晴らしいし、ずっと見ていたくなる。
スタッフ、キャスト共にみんな本気で良い作品を作ろうという意識を感じさせるし、本気でバカをやっている姿に心が打たれる。


前半のれなかった私ですが、後半一気に持っていかれました。
何てこった!!
日本の映画だってまだまだ捨てたものではありません!
こんな巧妙な作りで笑いや感動を生み出してくれるんですから。
心行くまでの映像体験をした私、すっかり帰りにはパンフレットを手にしておりました。(パンフは基本気に入った映画しか買わない)

MEG ザ・モンスター

f:id:shimatte60:20180924141931j:plain

未知の深海で生き延びていた太古の巨大ザメ「メガロドン」に襲われる人々のサバイバルを描いた海洋パニックアクション。「エクスペンダブルズ」「ワイルド・スピード」シリーズなどでおなじみの人気アクション俳優ジェイソン・ステイサムが主演し、「ナショナル・トレジャー」シリーズのジョン・タートルトーブ監督がメガホンをとった。人類未踏とされるマリアナ海溝をさらに超える深海が発見され、沖合に海洋研究所を構えた探査チームが最新の潜水艇で調査に乗り出す。幻想的な未知の生物が生きる深海の世界を発見し、心躍らせる一同だったが、その時、巨大な「何か」が襲いかかってくる。レスキューダイバーのジョナス・テイラーは、深海で身動きがとれなくなった探査チームの救助に向かうが、そこで200万年前に絶滅したとされる、体長23メートル、体重20トンにも及ぶ巨大ザメのメガロドンに遭遇する。
(映画.comより)

予備知識なしでこの映画を観てきましたが、いや~、嫌いじゃないこのB級感。
最近の映画だと『ジオ・ストーム』のイメージに近いのですが、恐怖の対象があり、そしてそれに対峙していく人間達の奮闘を描く作品。
ここで言う恐怖の対象とは古代に絶滅したとされる巨大なサメ・メガロドン通称「MEG 」。
そしてそれにジェイソン・ステイサムらがどの様に向かい合っていくのかが見所となっています。
そして舞台となるのがアメリカではなく中国。
なかなかB級映画感あるでしょう?

かつてスピルバーグは『ジョーズ』という名作を作りました。
サメが襲ってくると言えばあの有名なテーマ曲が頭に浮かんでくる人は多いでしょう。
ジョーズ』は数多くのフォロワー作を生み出し、サメの恐怖を描いた作品の代名詞となっています。

この『MEG 』という作品もかのジョーズに負けじといや、それ以上の迫力でもって画面狭しと暴れまわります。

当初はステイサムらのメンバーがこのメガロドンと戦うのですが、一般人に魔の手が忍び寄ってくるともう大変。
海水浴を楽しむ人々、船上結婚式を挙げる幸せいっぱいなカップルにも容赦なく襲いかかってきます。
そしてそのシーンこそ最も手に汗握りましたね~。
何しろ一ヶ月間に自分も海水浴に行きましたからね~。
記憶に新しすぎて妙にヒヤヒヤしたものですよ。
また、ヒロイン役の中国人の娘に向かい大きな口を開け、襲ってくるメガロドンにも圧倒されます。
そう、予告編で目にしたあのシーンです。
恐怖に襲われる少女と悲鳴。巨大サメの迫力、そして悲鳴を聞き、駆けつける大人達。
さぁ、どんなバトルが展開されるのか?
スリリングな描写に目が離せません。
それにしてもステイサム。
人気シリーズの『ワイルド・スピード』をはじめ、数々のアクション映画に出演してきたのですが、どの作品でもぶれませんねぇ。
今回もステイサム主演と聞いた時点で楽しみにしてましたから。
最強の地球人、ジェイソン・ステイサムに向かい合う巨大サメ・メガロドン
異種格闘技戦の様な好カードには映画ファンならずとも胸が熱くなりますよ~!

そしてB級感の強い作品であれば振り切ったバカさが求められます。(笑)
「うわ~、こいつらアホやな~」て見る人が感じたらそれはその映画の勝ちです(何の勝敗だ・笑)
そこに関しても我らがMEGちゃんは期待を裏切らない!
ステイサムがかっこよすぎて他のキャラクターがところどころでマヌケっぷりをさらすんですよ。
死ぬキャラクターも予測出来るし、「こいつら、こんな事やってたら絶対死ぬで」と思ったら案の定だったり…。
サメ映画あるあるも随所に盛り込まれてるし、B級感もモリモリですし、それでいてステイサムはバッチリ決める!
安定した面白さでした。

また、感動するポイントなんかもしっかり抑えてありまして「愛」とりわけ自己犠牲による愛というものが描かれています。
それは仲間の為に命を賭す愛、家族や子供へ捧げられた愛等々。
ただのパニック映画にとどまらないヒューマンドラマにも目を向けたい作品です。

それからやはり海洋映画ですから海の撮り方は見事でしたね~。
恐怖感もありますが、海を見る事で得られる涼しさもありました。
どうせなら秋口ではなく真夏に公開して欲しかったな~。
オーシャンズ8』の週なんか新作少なかったし、その時とかね。

でも9月だからこそ動員ランキングの1位にもなれたし、順調に興収上がってるのかもしれませんが。

なんて興行の事についてあれやこれや言ってしまいましたが、アクション系やパニック系の洋画が少ないとお嘆きの皆さん、綺麗な海を見ながらサメの恐怖にヒヤヒヤしてみませんか?

検察側の罪人

f:id:shimatte60:20180917200739j:plain

木村拓哉二宮和也の初共演で、「犯人に告ぐ」などで知られる雫井脩介の同名ミステリー小説を映画化。「クライマーズ・ハイ」「わが母の記」「日本のいちばん長い日」「関ヶ原」など、話題作や名作を多数手がける原田眞人監督がメガホンをとり、ある殺人事件を巡る2人の検事の対立を描く。都内で発生した犯人不明の殺人事件を担当することになった、東京地検刑事部のエリート検事・最上と、駆け出しの検事・沖野。やがて、過去に時効を迎えてしまった未解決殺人事件の容疑者だった松倉という男の存在が浮上し、最上は松倉を執拗に追い詰めていく。最上を師と仰ぐ沖野も取り調べに力を入れるが、松倉は否認を続け、手ごたえがない。沖野は次第に、最上が松倉を犯人に仕立て上げようとしているのではないかと、最上の方針に疑問を抱き始める。木村がエリート検事の最上、二宮が若手検事の沖野に扮する。
(映画.comより)

エンタメ大作がひしめき活況を見せた夏興行がひと段落ついた8月末。
大人の観賞欲求を満たす作品が公開されました。
それが今回の『検察側の罪人』ですが、この映画はっきり言って評価がまっ二つに別れる作品だと思います。
まず否定するのであれば、一回見ただけでは消化出来ないストーリー展開。
それでいてあまりにも強引かつ荒唐無稽な作りになっているので見る人を置き去りにしてしまうという点が否めないですし、ともすれば「ほら、もやっとするでしょう。何ならもう一回見たらわかるかもよ~」なんて商業的な嫌らしさなどがかいま見えてしまうのではと思われてしまいます。 

一方、肯定的に見るのであれば、原田監督ならではですが、演技や演出がとにかくオーバー。
だけどそれがけれん味たっぷりで見ていて気持ちよくさえ感じられる。
それがあるからこそより内容を深く知りたいと思い、結果二回以上観賞してみたくなる。

そんなところでしょうか。

実は私は二回ほど見ていますが、一度目は前者の心境でした。
無駄に長いし、内容も理解に苦しむ。
ラストの展開なんて「何じゃ、そりゃ」だったんです。
ただね~、何か悔しかったんですよ。
何故この映画がここまでヒットしているか知りたかったし、一回目見て消化不良だった自分が不甲斐なかったけど
「ちくしょ~、原田監督の掌で転がされてるな~」なんて思いながら二回目を鑑賞。
すると後者の心境に様変わりと相成ったわけです。

まず、本作の面白ポイントをあげるならば役者陣の演技です。
二宮和也による若手検事・沖野についてですが、とにかく純粋で真っ直ぐな検事なんですね。
本作においてのテーマとなっている「正義」という概念についても非常にストレート。
ともすれば融通が効かないと感じられそうなピュアな正義感がルーキーらしさを醸し出しています。
そしてそれが爆発…いや、暴発するのが某事件の容疑者・松倉への取り調べシーンです。
マシンガンの様に放たれていく罵詈雑言の数々。
言葉の機関銃で徹底的に松倉を追い詰めていく様はもはや芸術的ですらあります。
これまでの二宮和也像を徹底的に覆していく様な演技には圧巻されます。
そしてこれまた「キムタク」という偶像に距離を置くかの様な新しい木村拓哉像を見せる検事・最上。
90年代以降数々のヒットドラマや映画で時代をリードしてきた木村拓哉
しかし、それらはSMAPという国民的グループで常に注目を集めてきたアイドル「キムタク」という枠内でのトレンド性が強かったのではないかという見解が僕個人の中ではあります。
ところが、本作はそれとは一線を画すいわば「俳優・木村拓哉」をまざまざと見せつけてくれる作品でもあります。
とりわけ冒頭でこの最上が新人検事に訓示を述べるシーンがあります。
淡々と話しをするかと思えば、まるでフェイントをかけるかの様に「このバカ!!」と静かな会議室に声を響かせる。
眠気と戦っていた新人検事達に一瞬にして緊張が走る。
その緊張が劇場で見ている我々にも伝播していく。
そして同カット内で最上が外の雨を見ながら発する印象深い一言。
これがまた本作全体を象徴する言葉でもあり後の最上が行う数々の行動の伏線になっていたりもします。
また、吉高由里子さんの演技も見応えありました。
ミステリアスな雰囲気を帯びた若手の女性検事なのですが、実はこういうタイプが一番恐いと思わせる様なキャラクター。
去年『東京タラレバ娘』というドラマを見ていましたが、あの雰囲気とは全く違います。(ちなみに吉高由里子主演映画『ユリゴコロ』という作品がありますが、そちらは末見です。)
更に言及しておきましょう。
実は冒頭で彼女が登場するシーンでは高齢者の運転に反対する市民団体が現れます。
一見何て事はないシーンですが、後半の意外な場面での伏線になっていますよ。

と、メインキャラクターに関しては以上ですが、それ以外にも松重豊をはじめ個性溢れる面々が作品を盛り上げます。
とりわけ原田監督作品においては醜悪な悪人のキャラクター描写がとにかくやり過ぎなくらいクドイ(良い意味で)
例えば前作の『関ヶ原』という作品なんかは石田三成の視点で描くものだから対する徳川家康であったり或いは醜い物の象徴として権力者である秀吉が登場していましたが、とにかくその秀吉や家康がクドイ(笑)
もちろん関ヶ原の合戦と平成の凶悪犯罪は同列には語れませんが、『検察側の罪人』での悪人描写はクドイし、憎たらしいです。

それから荒唐無稽かつ過剰な演出について。
前述の様にこれは賛否両論あるでしょうし、どちらの気持ちもよくわかります。
例えばとある人物が何の予兆もなくビルから転落するシーン。
見ている方は「えっ、何?今どうしたの?」とまるでキツネにつままれた様な感覚に陥ります。
それくらい唐突なんですよ。
そして二宮和也吉高由里子のラブシーンというのが出てきます。
正直ここに関してはせっかく硬派な作風に仕上げてるのに何でそういう展開にするかなぁ、と私個人としては否定的です。
更にいくら仕事で共にするとは言え恋愛感情のない男の家に上がり込み体を許すとは何て尻の軽い女だ、と思えてなりません。
しかし、その後のカットでは笑いに変わってしまいます。
スゴい体勢なんですよ、この二人が。
直接的な表現は控えますので是非、劇場で見て頂きたいトコロです(笑)

それから随所に登場するインパール作戦の挿入について。
そもそもインパール作戦とは何かについては省略しますが、太平洋戦争(大東亜戦争)時、旧日本軍が犯した最悪の愚策であり参加した日本兵のほとんどが戦死。今でも無謀な作戦の代名詞として語られます。
そんなインパール作戦が本作にどう関係してるのか?
実は初回見た時、違和感を感じたのはそこなんです。
ストーリーに直接関係してるわけでもない。
ともすれば原田監督のイデオロギーを反映させた様なプロパガンダ映画なのか?とも思いました。

しかし、どうやらそうではない様です。
登場人物たちの取るあらゆる行為の数々。
色んな思惑があり、それが交差していく様をこの太平洋戦争史上最も無謀で愚かな戦略になぞらえているという事なのでしょう。
しかし、これもまたあまりに唐突に登場する原田演出の良い面、悪い面が抽出されたシーンだったと思います。

そして初回鑑賞時にモヤっとしたラストについて。
二回目にようやく腑に落ちました。
原田監督の手中でまさに転がされてしまいました。
悔しいけれどスッキリした。
後は是非劇場でご覧下さい。

SUNNY 強い気持ち・強い愛

f:id:shimatte60:20180910200242j:plain

2011年に製作され、日本でもヒットした韓国映画「サニー 永遠の仲間たち」を篠原涼子広瀬すずの主演、「モテキ」「バクマン。」の大根仁監督でリメイクした青春音楽映画。90年代、青春の真っ只中にあった女子高生グループ「サニー」。楽しかったあの頃から、20年以上という歳月を経て、メンバーの6人はそれぞれが問題を抱える大人の女性になっていた。「サニー」の元メンバーで専業主婦の奈美は、かつての親友・芹香と久しぶりに再会する。しかし、芹香の体はすでに末期がんに冒されていた。「死ぬ前にもう一度だけみんなに会いたい」という芹香の願いを実現するため、彼女たちの時間がふたたび動き出す。現在の奈美役を篠原、高校時代の奈美役を広瀬が演じるほか、板谷由夏小池栄子ともさかりえ渡辺直美らが顔をそろえる。90年代の音楽シーンを牽引し
た大ヒットメーカー、小室哲哉が音楽を担当。
(映画.comより)

先週の『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』に続いて心震わす感動作と出会いました、
それが本作『SUNNY 強い気持ち・強い愛』です。
実はお恥ずかしながら韓国版は末見。
つまり予備知識ゼロで本作を鑑賞したわけです。

思えば来年で平成が終わります。
小室哲哉引退、安室奈美恵引退といういわば平成という時代のエポックメイキングな人達が姿を消すのです。
そんな今の時期にこの映画が公開されたのは大変意義深い事であると思います。
平成の30年という時の歩み。
バブル崩壊に始まり「失われた⚪年」という言葉はよく耳にしたものです。
しかし、平成ひとけたの90年代。
あの頃の若者とりわけ女子高生は元気でした。
コギャルと呼ばれ連日メディアに取り上げられ、ポケベル、ルーズソックス、たまごっち、アムラーチョベリグ、MK5等の流行や流行語を数多く生み出したものです。
まぁ、一方では援助交際ブルセラといった性風俗が乱れた暗黒の時代でもあるんですけどね…。

しかし、明らかに自己主張が強く個性は強かった。
世のあらゆるムーブメントは女子高生に向けたものであったし、事実時代を作ったのは確かです。

しかし、そんな彼女達も歳を取り、今やアラフォーです。
本作はアラフォーになった彼女達がかつての勢いはどこへやら。
厳しい現実の荒波と戦いながら、かつての仲間の為に心をひとつにしてゆく群像劇でした。

過去のシーンにおいてのコギャル達はとにかく逞しい!
何でこんなにパワーがあるんだと思う程輝いてる。
はっきり言ってその姿を見るだけでも元気がもらえます!
そして淡路島から東京の女子高へ転校してきた広瀬すず演じる奈美。
彼女の面白いのははじめからあか抜けていたわけではないんですね。
方言丸出しでお洒落には無頓着。
同級生が着るラルフローレンのカーディガンに憧れておばあちゃんが着てた毛玉いっぱいのカーディガンを着て学校へ行く程です。
しかし、周囲の仲間達のプロデュースによりコギャルファッションに変貌していく。
マイ・フェア・レディ』な話しでもあるんです。

そしてそんな彼女の目線を軸に友情ストーリーにライバルグループとの対立、そしてラブストーリーといった物語が展開されていきます。

そこで流れる90年代J-POPの数々に胸が熱くなります。
正直に言えば大根仁監督の前作『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』における民生楽曲の扱いはひどかったです。
ぶつ切りぶつ切りで「何となく民生の曲集めてみました」的な編集で民生へのリスペクトを感じないものでした。
しかし、本作での90年代J-POPの使い方は実に絶妙でミュージカル仕立てにした『LA. LA. LA LOVE SONG 』しかり『そばかす』の使い方しかり、『これが私の生きる道』の曲のイメージとリンクする様なシーンでの挿入しかり楽曲に対する愛を感じました。
音楽監督小室哲哉だったからというプレッシャーもあったのかもしれません。
特に印象深かったのは安室奈美恵の『Don’t wanna cry』と『SWEET 19 BLUES 』の二曲。
前者は安室ちゃんの数あるヒットの中でも比較的明るくノリの良い曲ですよね。
現にこの映画でも学校帰りに楽しそうにカラオケをするシーンで流れます。
でもそこがめちゃくちゃ切なくなるんですよ。
二度と帰ってこない青春そのものを物語っている様で感傷に浸ってしまう。
そして『SWEET 19 BLUES 』に至っては自分の青春期の実らなかった恋を思い出すし、その人の事を考えてしまう。
現在の篠原涼子と過去の広瀬すず
二人の奈美という女性がクロスオーバーする演出は涙ながらに見る事が出来ません。

と、ここまで過去シーンを中心にお話ししてきましたが、現在パートにも言及しておきましょう。
篠原涼子を中心としたサニーのメンバーですが、個人的にはともさかりえの演技が印象的でした。
転落人生を絵にかいた様な人生を送ってきた孤独な女性。
過去がキラキラしてた分、より現在の悲壮さが際立っています。
薄幸の女性がここまで板につくとはあの頃思いもしなかった。
そう、90年代はバリバリのアイドルでしたからね。

ところでサニーのメンバーがコンテストで踊る曲が当時のコギャル文化とは対極にあったオザケン小沢健二というのは違うのでは?という声がありましたが、僕はこれでよかったと思います。
サニーのメンバーはコギャルではあっても不良ではありません。
実は芯が強く誰よりも仲間思いでぶれない面々です。
そういう彼女達の琴線に触れた音楽が実はオザケンだったていうと個性が際立っているし、なかなかセンスを感じさせてくれ、好印象でもあります。

大根監督、グッジョブ!
更に細かい所の90年代ディテールにもニヤリ!
一歩街へ出れば90年代アイテムがそこかしこに溢れてるし、数少ない男子が登場するシーンでは「あ~、俺もそういえばあんな格好してたな~」なんて懐かしくなる。
90年代に青春を過ごしたそこのアナタ、オススメですよ!

ちなみにここでの90年代とは95年~98年頃。
当時の私は高校生~20歳くらいにかけての時期です。
この映画で流れるJ-POPの短冊形シングルをレンタルしてはMDに入れ、人気アーティストのアルバムが出ればフラゲで購入。
CDTV』や『HEY!HEY! HEY! 』の様な音楽番組をチェックするという習慣がありました。
ごっつええ感じ』や『電波少年』、『マジカル頭脳パワー』といったバラエティー番組に興じ、エア・マックスを買った(狩ったではない・笑 このギャグわかるのアラフォー以上か・笑)
スラムダンク』や『幽遊白書』が流行る中、ギャグ漫画派の私は『稲中卓球部』にハマってた。
暇さえあればキーホルダー型のミニテトリスで遊びゲーセンに入荷したたまごっちをゲットする為に散財してしまったり。
阪神淡路大震災地下鉄サリン事件酒鬼薔薇聖斗等々暗いニュースは多かったけど、カルチャーの面ではこれでもかと充実していた90年代。

さぁ、アラフォーの皆さん、しばしあの頃にかえってみませんか?
あ、コギャルとは無縁の非リア生活を送ってたアナタ、(って俺だよ!)
エヴァ』の綾波レイに恋してた当時10代のキミ!
そんな方が見ても大丈夫!
時間は誰にでも平等に流れます。
当時を過ごした人であればきっとあの時代の空気感は感じるでしょう。
そして「昔は良かった」なんて懐古するだけでなく、今をそしてこれからを生きていくのにそっと背中を押してくれる様な映画です。