きんこんのシネマ放談

映画をこよなく愛するきんこんが鑑賞した映画をズラズラっと紹介していく映画ブログ

インクレディブル・ファミリー

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第77回アカデミー長編アニメ映画賞を受賞したディズニー/ピクサーの大ヒット作「Mr.インクレディブル」の14年ぶりとなる続編。スーパーパワーを持つボブたち家族は平凡な日常を送っていたが、ある出来事をきっかけに、母ヘレンがイラスティガールとしてヒーロー活動をすることに。多忙になった彼女の代わりに家事と育児を任されたボブは、底知れない能力を秘める息子ジャック・ジャックの世話に悪戦苦闘。そんな中、新たな敵が家族の前に立ちはだかる。ブラッド・バード監督が前作に続いて監督・脚本を手がけ、声優陣もボブ役のクレイグ・T・ネルソン、ヘレン役のホリー・ハンターら前作のキャストが続投。日本語吹き替え版もボブ役に三浦友和、ヘレン役に黒木瞳、長女ヴァイオレット役に綾瀬はるか、謎の敵アンダーマイナー役に高田延彦ら前作のメンバーが再集結した。
(映画.com より)

2004年に公開され、アカデミー長編アニメ映画賞を獲得した『Mr.インクレディブル』から14年ぶりの続編にして、ピクサー20本目という節目の作品です。
前作から14年も経ってるんで、ある程度独立した話かなと思いきや、前作の3ヶ月後を描いた地続きな続編となっています。
実は私既に二回鑑賞してるのですが、一回目は前作末鑑賞。
そして地上波放送された前作の『Mr.インクレディブル』を見て二回目を見てきたという次第です。
前作末鑑賞の場合でも十分楽しめるのですが、前作を見るとより作品の設定など理解力が深まります。

前作で面白かったのがスーパーヒーローが日常生活に入り、いち社会人として生活したら?という描写でした。
たとえば同じアメリカ産ヒーローでもマーベル作品で見られるそれはいち社会の人間としてもやり手の人が多いイメージです。 
例えばアイアンマンはバリバリの実業家ですしドクターストレンジは天才外科医です。
ところがこのインクレディブルはいち社会人となると不器用なんですよね。
人の良さが災いして上司に叱責されるはヒーローとしての任務を優先させる余り会社をクビになったり。
妙に人間くささを出してくれるのでヒーローとて完璧ではないという面が浮き彫りになっていたりして。

そしてこの新作でもインクレディブルいや、ボブの不器用さが際立っています。
そして今回は父親としてのそれが全面的に表れます。
ひょんな事から妻のイラスティガールが家を空けてヒーロー活動に勤しみます。
その間留守を預かるのはもちろん夫のボブ。 
しかし、年頃の子供たちの育児に向き合うとこれが何とも悪戦苦闘。
わんぱく盛りのダッシュの宿題をきちんと教えてあげる事も出来ないし、思春期のヴァイオレットの繊細な乙女心を理解出来ないで余計なおせっかいをしてしまう。
赤ん坊でありながら特殊な能力を身につけたジャック・ジャックにも翻弄されてしまう。
妻のヘレンことイラスティガールが外で大活躍をしてるのに対比して彼は家でてんてこ舞い。
でもこれって世の男性の皆さんこそドキッとしちゃうかもしれませんね。

本作のテーマ。
それは女性の社会進出。
普段は良き妻良き母として家庭を守るヘレンがイラスティガールとして世に蔓延る数々のピンチを救う姿を通して女性の皆さんへエールを送る。
そんな作品だと思います。

ちなみに私は本作を吹替版で見ましたが、三浦友和黒木瞳綾瀬はるかといったキャストの演技が素晴らしいのは言うまでもありません。
個人的に印象深かったのはこじるりこと小島瑠璃子さんです。
なかなかアクの強いキャラクターでしたが、非常に存在感のあるポジションをキープしていましたよ。
バラエティもいいけど本格的に演技の世界にも染まっていってほしいなと思いました。

夏の大作アニメーションとして高いポテンシャルを持つ作品でしたが、強いて言えば脚本で弱い部分がありました。
前半部にヒーローの存在意義や必要か否かを問う場面がありましたが、結局そこがうやむやになってしまった点。
イラスティガールの大活躍ぶりや一家揃ってのアクションシーンなど見ごたえたっぷりでしたが、そこがもったいなかったかな。

しかし、大人も子供も楽しめるエンタメ作品としては申し分ないクオリティはさすがにディズニー・ピクサーでした!
是非劇場でご鑑賞下さい!



 

劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命

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山下智久新垣結衣らの共演で、リアルな医療・災害・事故現場の描写や主人公たちの成長と絆の人間模様を描き、2008年7月の放送以来、連続ドラマ3シリーズ、スペシャル版1作品が放送された人気テレビドラマを映画化。舞台は17年に放送された3rdシーズンで描かれた地下鉄トンネル崩落事故から3カ月後。東京湾を運行していたフェリーが濃霧の影響で海ほたるに衝突し、さらに成田空港でも異変が生じる。未曽有の連続大事故現場から藍沢たちに出動要請が入る。藍沢役の山下、白石役の新垣、戸田恵梨香比嘉愛未浅利陽介といった10年間シリーズに参加したレギュラー陣のほか、テレビ版から続投の安藤政信椎名桔平、劇場版から参加する新田真剣佑、かたせ梨乃、山谷花純らが出演。
(映画.com より)

フジテレビ製作のドラマ映画と言えば『踊る大捜査線』、『HERO』、『海猿』の様なメガヒット作を筆頭に近年では『信長協奏曲』や『昼顔』など軒並み大ヒットとなっています。
私自身、TVドラマ自体はあまり見る慣習がない為、劇場版鑑賞にあたってはDVD で予習をした上で鑑賞する機会が多いです。
この『コードブルー』に関しても然りで08年の1stシーズンから2017年の3rdシーズン、更に09年正月に放映されたスペシャルとこの数ヵ月間、暇を見つけてはレンタルをしてチェックしてきました。
それによってコードブルーに関しての基礎的な部分はカバー出来たと思います。

その上での劇場版鑑賞なのですが、まず冒頭でこれまでのドラマシリーズ10年間を走馬灯の様に振り返ります。
ドラマ末見であっても大体は把握出来るとは思います。
しかし、ドラマシリーズを見ておいた方がより作品への理解力が高まります。
なのでこの劇場版鑑賞においては今からでも出来る限りレンタルした上でドラマ版まとめ見をしておきましょう。

さて、本作の内容に入っていきますが、前半部ははっきり言います。
『余命一ヶ月の花嫁』です(笑)
結婚を控えたひと組のカップル。
癌に冒された女性とそんな彼女を支える男性のエピソードです。
『余命一ヶ月の…』はあまたある人の死を大々的な売り文句にする感動ポルノ…失礼、言葉が過ぎましたね。
ピュアな感動ラブストーリーです。
同じ列に座ってた若い女性がしくしくしてましたよ。
「ああ、こういうのが好きなのね」なんて思ったワタクシ。
はい、うるっときました。
いや、案外嫌いじゃない。てか好きな方です(笑)

ただ、このカップルのストーリーは悪くはない、いや良かったですよ。
しかし、そこに何の余韻も残さないまま次の事故が発生し、新たな展開に持っていく辺りは残念でしたね。
しばらく浸らせてくれよ~。
あえて素人が偉そうに言うならばこの花嫁エピソードをきれいにまとめて余韻を残した後、コメディリリーフである浅利陽介演じる藤川の面白エピソードで和ませた後、シリアスな展開に運んでくれた方がメリハリがついてよかったと思うんだけどなぁ。

それから本作全体を通して言えるのがあれやこれやと詰め込み過ぎなんですよ。
ひとつひとつのエピソードにはテーマも盛り込まれているし、それに向き合っていくメンバーの姿は確かに良かったですよ。
ただ、尺の問題も有るんでしょう。
前述の花嫁も然りですが、消化不良が否めません。

また、これはドラマからそうなんですが、関係者が事故に巻き込まれ過ぎ。
まぁ、そういうオヤクソクみたいなものなんでしょう。
竜ちゃんが「押すなよ、押すなよ」と言えばみんなで押す為の前フリみたいなね(笑)
後、オペ中の会話シーンが多すぎるし、件のとあるメンバーが事故に巻き込まれ患者になった後の回復力早すぎでしょ?
瀕死の重体だったんだよね?

それから雪村(馬場ふみか)の母親(かたせ梨乃)が登場するシーン。
彼女らのエピソードではアルコール依存性という病気、更に母娘の確執というテーマが描かれていませが、母親登場シーンはパンチが効きすぎていて良くも悪くもめちゃくちゃインパクトあります。
ホラーなのかコメディなのかあのシーンをどう見るかでその人の感性が試されてる様ですね。
ちなみに私は顔をしかめながら見てました。

ドラマからのシリーズのファンを大切にしてるなというのは感じます。
ドラマで登場した数々のエピソードを踏襲しながら本作へ反映させる描写は数々見られましたし、3rd シーズンには一切登場しないあの人も登場します。

ただ、その一方での不満を口にするならば、あの人も出すなら何であの人出さないんだよという点。
脳死や臓器移植についての問題も気になるんだよなぁ。
自分の息子の脳死で落ち込む父親に対する言葉がけがすごい良い話しっぽくなってるけど腑に落ちないなぁ。
それからMr.Childrenのテーマ曲『HANABI 』の使い方。
これは一言言わせて頂きたい。
この曲は『コードブルー』という作品を語る上では欠かせないその世界観や登場人物達の心境や生きざまを投影させた名曲です。
『コードブルー』と言えばこの曲、この曲と言えば『コードブルー』という程根付いている訳です。
3rd シーズンまでドラマがあるにも関わらず一度も主題歌を変える事なくこの曲を起用し続けたのには製作陣のこだわりがあると思います。
にも関わらず、何であの使い方するかなぁ。 
綺麗なエンディングで余韻をしっかり残してほしいのにその点が頂けないな~。
終わり良ければ何とやらって言うでしょ?


なんて不満は尽きないのですが、私のぼやきとは関係なく映画は大ヒット!
景気の良い話しですな。
作品の出来はともかく邦画の明るい話題は嬉しいものです。

未来のミライ

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バケモノの子」「おおかみこどもの雨と雪」の細田守監督が手がけるオリジナルの長編劇場用アニメーション。甘えん坊の4歳の男児くんちゃんと、未来からやってきた成長した妹ミライの2人が繰り広げる不思議な冒険を通して、さまざまな家族の愛のかたちを描く。とある都会の片隅。小さな庭に小さな木の生えた、小さな家に暮らす4歳のくんちゃんは、生まれたばかりの妹に両親の愛情を奪われ、戸惑いの日々を過ごしていた。そんな彼の前にある時、学生の姿をした少女が現れる。彼女は、未来からやってきた妹ミライだった。ミライに導かれ、時を越えた冒険に出たくんちゃんは、かつて王子だったという謎の男や幼い頃の母、青年時代の曽祖父など、不思議な出会いを果たしていく。これがアニメ声優初挑戦の上白石萌歌がくんちゃん、細田作品は3度目となる黒木華がミライの声を担当。両親役に星野源麻生久美子、祖父母役に宮崎美子役所広司
(映画.com より)

今や日本のアニメーション映画においてその名前で客を呼べるヒットメーカーでもある細田守監督なのですが、どうも本作は評判がよろしくない様ですね。
その要因なのですが、実際に鑑賞した上で言えば作品自体は悪くなかったです。
それなりに楽しんで見る事が出来ました。
少なくとも昨年同時期の『メ⚪リと魔女の花』や『打上げ⚪火下から見るか…』なんかに比べたら遥かに面白かったです。
結局のところ、誇大公告がいき過ぎたというのかな、予告編で多くの人が勘違いをした。
それに尽きるんじゃないかなと思います。

本作の予告を見て多くの人が勘違いした事。
それは未来からやってきたくんちゃんの妹・ミライちゃんと繰り広げる冒険活劇をイメージした事でしょう。
更にタイトルがミライとある様にミライちゃんが主役級の扱いで大活躍を見せるであろうとそりゃそういうイメージは持ちますよね。

ところが蓋を開けて見れば幼児のくんちゃんの目線で繰り広げられる家族のストーリーで舞台となる場所は基本自宅とその庭。
ミライちゃんに至っては登場回数も僅かなものとあればそりゃがっかりもするでしょう。

しかし、それがはじめから本作のテーマを明確に見せていたらまた違っていたかなと思います。
本作のテーマ、それは『家族』。
例えば『リメンバー・ミー』にも通じる様なはたまたNHKの『ファミリーヒストリー』の様な家族のルーツを辿る作品とはじめからわかっていればそこまで腹を立てる事もなかったでしょう。

その意味で言えば作品に罪はない。
むしろ宣伝の仕方に罪があると考えてます。

本作は基本的にはファンタジーです。
擬人化された飼い犬が登場したり両親の子供時代にタイムスリップしたり若き日の曾祖父に遭遇したりそして未来からやってきたミライちゃんに出会ったり。
そんな未来や過去の家族と遭遇する事によって家族の歴史を辿りそして未来へと引き継いでいく。
その過程に何をするかを問う一貫したテーマもあります。
前述の『リメンバー・ミー』でのミゲルが死者の国へ行き、現世では存在しないご先祖様に会うのに対して本作はくんちゃん自身が過去や未来へ行き、ルーツを確認する。
ストーリー的な奥行きで言えばそりゃ『リメンバー・ミー』に軍配が上がります。
現世と死者の国が舞台、更にその死者の国でもあちこち動き回るし登場するキャラクターも多い。
ところが本作の場合、自宅と庭から出ない。
ミニマムな世界なんです。
単調な展開の仕方だし、セリフ回しにも違和感があったりする。
細田守監督の過去作を知ってればこそ消化不良が否めないです。
でも見方を変えてみたら面白かったのが世界観がどこかしら憂いを帯びていたというのでしょうかどこか退廃的で例えて言うならば松本人志がかつて自身のコント作品で反映させてたシュールレアリズムに通じる様な印象を感じました。
例えば犬を擬人化させたキャラクター。
何でオッサンなの?と疑問符がつきましたが、松ちゃん的なアイコンを出せばトカゲのオッサンを連想しちゃいましたよ。
後半のくんちゃんのホラー展開なんかも松本人志のビジュアルバムにあれに近いコントありましたよ。
つまり松ちゃんがかつて作っていた絶望的なシチュエーションを笑いに転化させるあの芸術的試みを連想させるつくりを取り入れる実験性をかいま見ました。
思えば「くん」という名前をつける親もかなりカオスですよ(笑)
また、本作では育児というものもテーマに盛り込んでいます。わがまま言いたい放題のくんちゃんに手を焼くパパとママ。
育児に悩むお父さん、お母さんにはかなり共感出来る描写が随所に登場してきます。
そしてそんなシーンを親世代には「あるある」と共感させる一方、お子さんには決して説教臭くならず押し付け過ぎずさらっと伝えるあたりは良かったと思います。
ただそれをわざわざ映画で、しかも夏の大作で細田家のホームビデオの様な設定でやらなくてもとは思いましたね。
いっそひと月前の6月に公開してもよかったかな?
大人は『万引き家族』と『空飛ぶタイヤ』子供は『未来のミライ』と棲み別けも出来ただろうしね。


あと余計なお世話かもしれませんが。細田監督は原点にかえって次回作では脚本家をつけた方が良いと思いました。
話しが散漫になりすぎたきらいは否めませんからね。

でも、事前の評判を聞いた上で鑑賞したらさほど悪くはなかったです。
しかし、手放しで称賛出来る作品でもありません。
これからご覧になる方、冒険モノを見るという視点を外して鑑賞する事をオススメします。 
これは「家族」の物語です。

劇場版ポケットモンスター みんなの物語

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人気アニメ「ポケットモンスター」シリーズの劇場版第21作。前年公開の「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」から始まった、サトシとピカチュウの新しい冒険を描き、今作には伝説のポケモン「ルギア」が登場。1年に一度の祭りでルギアから恵みの風がもたらされる街フウラシティを舞台に、新しい仲間たちとの物語が紡がれる。1年に一度の風祭りの最終日に、ルギアからの恵みの風がもらえるというフラウシティ。偶然、祭りに参加していたサトシとピカチュウは、リサ、カガチ、トリト、ヒスイ、ラルゴという5人の仲間と出会う。それぞれが悩みを抱え、パートナーのポケモンと一歩を踏み出せずにいる5人との出会いが、運命の歯車を回し始める。芦田愛菜川栄李奈濱田岳大倉孝二野沢雅子のほか、シリーズおなじみの中川翔子山寺宏一がゲスト出演する。
(映画.com より)

ここに来て何故ポケモン

て話しですが、実はワタクシお恥ずかしながらゲームで『ポケットモンスター』なるものをした事がありません。
早い話し世代ではないんですね。
なのでゲームにおいてのポケモンのシステムやら何やらと言うのがわからないです。
そんな私にとって転機となった作品が昨年の『劇場版ポケットモンスター キミにきめた』でした。
アニメの『ポケモン』一作目のリメイクという事でシリーズ末見でも楽しめる内容と聞き、見に行ったらそれがね~、メッチャ良かったんですよ。
泣きこそしませんでしたが、ウルっときたしバトルシーンなんかも熱かった!
いや~、所詮子供向けなんて舐めてましたよ。

そして一年後。再び最新作が公開され見て参りました。
夏休みに入る前の平日に鑑賞してきたのですが、圧倒的に大人が多かった。
ドラえもん』や『しんちゃん』を見た時もそうでしたが、大人達…いや、大きなお友達のみんなは鑑賞するタイミングを心得てらっしゃるのですね。
最近ではそんな大きなお友達の為にレイトショーもあるくらいですから。

さて、本作ですがサトシとピカチュウが主人公であるのは言うまでもないのですが、様々なオリジナルキャラクターが登場し、それぞれに見せ場がある言わば彼ら一人一人が主人公とも言える群像劇となっていました。
しかもみんなそれぞれに色んなコンプレックスを抱え、それに対峙しながらポケモン達と行動を共にし成長をしていく。
虚言癖のあるオッサンに人前で喋るのが苦手な青年、ポケモン嫌いとうそぶく偏屈者のばあさんに陸上に打ち込むも挫折を味わった少女。
年齢も性別もバラバラだが、彼らそれぞれに抱えたドラマがあり、ポケモンを通じてひとつになる。
先日評した『ワンダー 君は太陽』ではオギーという少年を軸に彼の周囲の人々の内面を映し出したのが印象的でしたが、本作ではポケモンを通して登場人物達のヒューマンな部分をフォーカスしていく。 
実に見事なストーリー展開だったと思います。

そしてそれぞれのキャラクターを演じたゲスト声優の面々が素晴らしい!
とりわけ印象深かったのが女子高生のリサを演じた川栄李奈
病気の弟の為にポケモンを探しに行くもポケモンに対して無知が故にカガチの嘘にあっさり騙されて無駄骨を折らされるハメになる。
しかし、彼女には打ち込んできた陸上で挫折を味わった経験がありました。
一見、派手そうな外見とは裏腹に繊細な面を持つ少女を好演していました。
それから野沢雅子さん演じるヒスイという老婆は存在感を放っていましたね。
悟空のイメージがあまりに強い野沢さんですが、おばあさんの役もまたよくハマるものでして、『ONE
PIECE 』のDr.くれはが特に印象深いです。
本作では偏屈な老婆・ヒスイを演じていらっしゃいましたが、ラストに近づくにつれ、このおばあちゃんの活躍に目が離せなくなります。
山寺宏一さんが担当したオリバー市長も印象に残るキャラクターでした。
古今東西あらゆる映画作品において

権力=悪の象徴

という描かれ方はよくされるものです。
しかし、こと本作においてこの市長はサトシ達と手を取り町に起こった混乱を鎮める為に尽力します。 
ジュラシック・ワールド』と近いタイミングで見たせいかどうしても欲にまみれた権力者を思い出してしまったのですが、善人権力者というキャラクターが妙に新鮮でした。

この様に登場するキャラクターや演じられた皆さんいずれも素晴らしかったと思います。

しかし、昨年の『キミにきめた』と比較するのは酷ですが、思いの外淡々としていたのが強いて言えばの不満点です。
山場がなかったわけではないですが、盛り上がりに欠けてしまったのは、否めないですね。
アベンジャーズ』におけるサノスという強大なヴィラン(敵)がいれば…いやいやあんな半端ないのじゃなくてもいいから特徴的な敵キャラがいてほしかったかな~。

ポルノグラフィティのエンディング後には来年の予告が流れました。
かなり騒然としてましたよ。
劇場を後にしてからもその会話をしてる人もいました。

ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』。
去年から見始めた自分にとっては「へ~」くらいの感覚でしたが、初期からのファンにとってこれは大事件の様ですね。

ジュラシック・ワールド 炎の王国

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シリーズ14年ぶりの新作として2015年に公開され、記録的な大ヒットとなった「ジュラシック・ワールド」の続編。前作でハイブリッド恐竜のインドミナス・レックスとT-REXが激闘を繰り広げ崩壊したテーマパーク「ジュラシック・ワールド」を有したイスラ・ヌブラル島に、火山の大噴火の兆候が表れ、恐竜たちの生死を自然に委ねるか、あるいは危険を冒してでも救い出すか、人間たちは判断を迫られていた。そんな中、恐竜行動学のエキスパートのオーウェンはテーマパークの運営責任者だったクレアとともに、恐竜たちを救うべく行動を開始するが、その矢先に島の火山で大噴火が発生する。恐竜と心を通わせるオーウェンを演じるクリス・プラット、クレア役のブラウス・ダラス・ハワードらメインキャストが続投。監督は前作のコリン・トレボロウに代わり、「永遠のこどもたち」「インポッシブル」などで注目されたスペインの出身のJ・A・バヨナが新たに務める。
(映画.comより)

いや~、スゴいスゴいと後100回くらいは言いたいのですが、それではレビューになりませんので作品についてより詳しく見て参りましょう!

前作では圧倒的なCG技術等を駆使し、日本国内において2015年度の興行収入1位となる大ヒットとなりました。

スティーブンスピルバーグが監督をつとめた『ジュラシック・パーク』公開から22年経ち今なお多くのフォロワーに支持され圧倒的な存在感を見せつけた作品の続編とあれば見逃さないわけにはいきません。
前作に続き、スピルバーグは製作総指揮に回り、J.A.バヨナという43歳の若手監督がメガホンを取りました。

まぁ、しつこい様ですがとにかくスゴいんですよ、この映画。
恐竜達が画面狭しととにかく暴れまわる。
圧倒的なスケールで展開されるのでとにかく息つくいとまも与えません。
そしてただ暴れて迫力あって「すげぇ!」だけじゃないんですよね。
クリス・プラット演じるオーウェンが手なづけるブルーがかわいいんですよ。
いや、見た目はめっちゃいかついんですよ。
だけどオーウェンと接する時に萌えちゃいます(笑)
恐竜が暴れまわるシーンに関して言えば本作はイスラ・ヌブラル島でのドタバタだけではないんですよね。
まさか、「こんな所に恐竜くる~?」と思わせるまさかの場所に入り込んでくるんですよ。
とりわけ後半部になるとそれがより際立つのですが、何と人間が住む屋敷に入ってくるんですよ。
そしてそれがまた妙にリアルで恐怖感が増す。
ホラー的な演出も加わるのでお子様と見る場合は要注意ですよ(笑)

また、恐竜を金儲けの道具にすべくハントに精を出す人間達が何とも醜い存在として登場してきます。
軽いネタバレになりますが、恐竜たちをオークションにかける悪徳な富豪が登場します。
しかし、獰猛な恐竜達に追われ、潰され粉砕される。
このシーンって妙にスカッとするんですよね。
でも、コレって資本主義への警鐘でもあり、我々強欲な人間に向けて発せられたメッセージでもあります。
「よっしゃ、行け!やっちまえ~!」なんて見てたそこのあなた!
あなたは大丈夫ですか?

メッセージ性と言う意味で本作に盛り込まれていたのは生物の生命とその倫理観というところでしょうか?
クローンという言葉を耳にする機会は多いかと思います。
本作において言えば人間の手によって恐竜を蘇らせたり或いは本作に登場するあるキャラクター。
実はそれこそがクローンなのです。
そしてそれを軸としてクローンというものの存在について考える展開となります。
そもそも宗教的な観点で言えば森羅万象あらゆる生きとし生ける者の生命というのは神の手によって作り出されると考えられています。
人間の手によって生命を生み出すという行為は(人為的な性的行為という意味ではなく)神への冒涜でもあるのです。
その様な暴挙をどの様に捕らえるかが象徴的に描かれています。
とある知人の話しによれば今後の技術が進化すると己の意に沿う様な子供を作りたい、そう考えた時にデザイナーズベイビーを作るという技術が開発されているとかいないとかという話しです。
しかし、倫理的な問題から実現は難しいとの見解ですし、本作のテーマに沿って考えると決して許されない事であると言えますね。
話しを本作に戻しましょう。
そんな普遍的なテーマをストーリーテラーの様に解説してくれる人物が登場します。
さらに、1・2作目にも登場していたマルコム博士。
彼は複雑系理論の数学者で、自らの立場から、人間は自ら生み出した一見万能に見える科学技術をもってしても、自然を完全に制御することはできない。たとえ恐竜がどうなろうと、人知を超えた領域であるので放っておくべきである主張するのです。
この博士の存在が作品において非常に説得力のある存在として機能しており、このシリーズ全体を文明的に批判をする上でもまた作中のご意見番的存在としても存在感がありました。    

ストーリー全体としてはしっかりと前半後半で分けられておりました。
所見の人でも比較的容易に鑑賞出来るシンプルな話しの運び方だったと思います。

ヌラブル島を舞台に、迫りくる噴火と溶岩の危機から逃れるべく、ノアの方舟よろしく恐竜救出を目指すのが前半。
強欲な人間達の魔の手にかかりながらも人間達の逆襲ののろしを下ろし人間達と戦う、そしてそんな恐竜達を救出すべくオーウェンらが立ち上がる、そんな後半パート。
一見チグハグに見えなくもないですが、ラストに全てが結び付いていく絶妙な脚本となっています。

実にダイナミックなシーンの連発で夏の大作にふさわしい映画であると同時に深いテーマも盛り込まれた作品でした。

この夏、恐竜達が繰り広げる一大スペクタクル。
是非あなたも劇場でご覧下さい!

ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー

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「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」に続く「スター・ウォーズ」シリーズの知られざる物語を明らかにするアナザーストーリー第2弾で、ハリソン・フォードが演じたシリーズ屈指の人気キャラクター、ハン・ソロの若き日の姿を描くSFアドベンチャー。シリーズ第1作「スター・ウォーズ 新たなる希望」でルークやレイアと出会う前のハン・ソロが、アウトローながら内に秘めた正義感で数々の試練に立ち向かっていく姿を描く。若き日のハン・ソロに扮したのは、「ヘイル、シーザー!」で注目された新星オールデン・エアエンライク。同じく若き日の悪友ランド・カルリジアンをドナルド・グローバーが演じ、エミリア・クラーク、ウッディ・ハレルソンらが共演。ハン・ソロの無二の相棒となるチューバッカも登場する。「ダ・ヴィンチ・コード」などで知られるベテランのロン・ハワード監督がメガホンをとった。
(映画.com より)


ダ・ヴィンチ・コード』『バック・ドラフト』などで知られるロン・ハワード監督。
最近では興行的なヒットにこそ至りませんでしたが、ビートルズドキュメンタリー映画も製作しました。
スターウォーズ』シリーズ生みの親であるジョージ・ルーカスとは長年の親交がある大ベテランです。そしてハン・ソロの若き姿を演じたのは、オールデン・エアエンライクとヒロインのキーラを演じたエミリア・クラーク。どちらも日本ではまだそこまで名前が売れていない期待の新人です。
ハンソロ=ハリソン・フォードというイメージが強いわけですからこの若き新人オールデン・エアエンライクにとってはかなりのプレッシャーがあった事でしょう。
また、ハン・ソロの師匠的な役割として登場するベケットを、『スリー・ビルボード』等に出演したウディ・ハレルソンが担当しています。

さて、『スターウォーズ』シリーズがディズニー配給となり久しいですが、2015年の『フォースの覚醒』から始まる三部作。
その間にスピンオフシリーズを展開するというのがディズニー流の興行スタイルの様です。
2016年末に公開された『ローグ・ワン/スター・ウォーズストーリー』のヒットが記憶に新しいところですが、本作はその『ローグ・ワン』に続くスピンオフという事なのですが、何やら北米では興行的に振るわないとか?
日本でも当初の期待よりかなり低めの興行成績との事。
その原因は一体何なのではないでしょうか?

まずひとつに考えられるのが、シリーズの矢継ぎ早に次々と公開されていくそのペース。
こと洋画においては公開されれば必ず大ヒットが約束されるシリーズ物があります。
パイレーツ・オブ・カリビアン』、『ハリー・ポッター』、そして公開間もない『ジュラシック・ワールド』等など。
これらのブランド力の強い洋画作品の公開ペースを考えてみて下さい。
数年に一度のペースでまるで大物アーティストのアルバムリリースくらい(と言えば大袈裟なくらいアルバム出さない人もいますけど・笑)
ある程度の期間を置いてからの公開ですね。
ところがここ最近の『スターウォーズ』シリーズはと言うと本編とスピンオフの公開タイミングが早すぎてみんな疲れてきてるのではないでしょうか?

そして二つ目なんですがこれが相当ダメージがありました。
それは『最後のジェダイ』の失敗。
このブログでも評しましたので詳しくはそちらを見て頂くとして作品の出来が悪いと次作へ与える悪い影響というのは拭えない部分です。 
まぁ、私のみならずですが、『最後のジェダイ』に失望した人が『スターウォーズ』シリーズに辟易してしまい結果、スピンオフを含めた新作の鑑賞の足が遠のいてしまう。
ごくごく自然な事だと思います。

で、実際にそんなマイナスなインフォメーションを耳にした状態で鑑賞した本作。
如何なるものであったかですが、いちハリウッドのアクション/SF大作として見た場合は及第点。
しかし、『スターウォーズ』の名前を冠した作品として見た場合は残念な作品と言う印象でした。

そもそも本作はハン・ソロという人物をクローズアップしたシリーズ通して初の人物伝です。
その意味ではハン・ソロという名前の由来であったりチューバッカとの出会いであったりミレニアム・ファルコン号へ乗るまでの過程であったり私の様に『スターウォーズ』をあまり知らない人にとってはわかりやすく描かれていたと思います。
また、コアな『スターウォーズ』ファンにとってはハン・ソロにまつわるあれこれを再確認するという意味でもよく出来た作品だったと思います。
旧き良き西部劇をベースにしながら繰り広げられるアクション活劇。
スターウォーズ』名物とも言えるライトセーバーこそ登場しませんが、アクションシーンなどはなかなか見ごたえがあったと思います。

ところでこの映画、元々は違う監督がメガホンを取る予定たったというのはご存知の方も多いと思います。
当初は『LEGO ムービー』のフィル・ロード&クリス・ミラーという40代前半の若手コンビが監督を務める予定だったんですが、ディズニーサイドとの方向性の違いなどもありふたりは監督を降板。
結果としてふたりは製作総指揮に回り、そして名匠ロン・ハワードへと監督のバトンが渡される事となりました。
そしてロン・ハワード監督の元、幾度とない録り直しの末、完成したのが本作です。

結果的には無理な冒険に走らず手堅くまとめられたのでこれはこれでよかったと思います。
無難に面白いし無難に丁寧。
だからアメリカの興行不振という前情報を念頭に鑑賞すると「あれ、意外と悪くないじゃん」という心境に行き着く。
だからボロクソに批判してやろうなんて気にならなくなる。(別に批判をしたくてこのブログやってるわけじゃないですが)
だけどそれがまた不満なんですよ~(めんどくさい奴やのぉ~)
無難過ぎて平均点の以上にも以下にもならない。
一周して面白くないという評価に至るんですよね~。

とりわけ突っ込んでおきたいのはキーラなんですが、彼女の存在は若きハン・ソロにとっては大切な人物です。
しかし、やんごとなき事情によりしばし離れ離れになりますが再会してからの描写が弱いんですよね。 
いや、それだけならまだいいです。(いや、よくないけど)
どうも次作へ引っ張ろうとするあざとい見せ方をするのでそこに潔さを感じない。
きちっと本作で締めるところは締めて欲しかったし、結局そういうところがディズニーへの『スターウォーズ』不信へ繋がっていくのではないでしょうか?
途中までは悪くなかったですが、そこで萎えてしまいました。

個人的には『スターウォーズ』シリーズはスピンオフも含めてしばらく空白の期間を設けてそして数年後にまた素晴らしいスペクタクル作品を見せてほしいと思います。

なんて思っていたら今作の興行不振を受けスピンオフ作品の公開を見合わせるとかどうとか?
賢明な判断だとは思いますが果たしてどうなる事でしょう? 

ワンダー 君は太陽

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全世界で800万部以上を売り上げたR・J・パラシオのベストセラー小説「ワンダー」を、「ウォールフラワー」のスティーブン・チョボウスキー監督・脚本で映画化したヒューマンドラマ。ごく普通の10歳の少年オギーは、生まれつきの障がいにより、人とは違う顔をもっていた。幼い頃からずっと母イザベルと自宅学習をしてきた彼は、小学5年生になって初めて学校へ通うことに。はじめのうちは同級生たちからじろじろ眺められたり避けられたりするオギーだったが、オギーの行動によって同級生たちは少しずつ変わっていく。「ルーム」で世界中から注目を集めた子役ジェイコブ・トレンブレイがオギー役を務め、「エリン・ブロコビッチ」のジュリア・ロバーツが母イザベル役、「ミッドナイト・イン・パリ」のオーウェン・ウィルソンが父ネート役をそれぞれ演じる。
(映画.com より)

公開時から気になっていた作品『ワンダー 君は太陽』。
遅ればせながらようやく見て参りました。
そもそも何故鑑賞する機会が遅くなってしまったかなのですが、近場のシネコンの上映回数に要因がありまして公開初日から一日三回のみの上映だったんですね。
で、初週は『空飛ぶタイヤ』の方を優先してしまったら何と翌週からレイト一回のみの上映に。
おいおい、そりゃないぜ~。

しかし夏の大作ラッシュが始まれば必然的に打ち切られるであろうとの予測からレイトショーにて鑑賞してきたという次第です。
観客は私を含めて三人のみという淋しい状況でしたが、お陰でゆったりと鑑賞する事が出来ました。

さて、そんな本作ですがマイノリティな存在に対して周囲がどの様に向き合うかを投げ掛ける非常にメッセージ性のある深い内容の作品でした。

本作の主人公であるオギー君。彼は生まれつきの障害により人と違う顔をしています。
そんな彼が生まれて初めて学校へ行き、そこからの彼の成長を描いていく作品ですが、その容姿から周囲からは好奇の目で見られたりいじめを受けたりします。
そしてそんな彼の悲痛さと彼と向き合う家族の姿が前半の中心となります。
実は私自身、自分のコンプレックスからくる周囲からのからかいやいじり、そこからくるいじめによって嫌な思いをした経験があります。
大人の目から見たら子供たちの社会は小さなもの。
その視点で子供に強い言葉を掛ける事もありますが、しかし皆さんの子供時分を思い出してみて下さい。
大人であれば自分が所属する例えば会社であれば会社の様なコミュニティに止まらずその他のコミュニティに属して社会活動は出来ます。(サークル活動、カルチャースクール、地域のボランティアなど)
しかし、10歳の少年にとってみれば自分の社会は学校にしかない子がほとんどです。
その社会で自分が否定されてしまったら全てが閉ざされてしまう絶望感にさいなまれてしまいます。 
いじめを苦に自殺するなんてニュースを見たら「何とかならなかったのか」「親や教師は何してた」とか無責任に言い放ったり中には「いじめる奴は悪いがいじめられる方も悪い」なんていう暴論を放つ輩も居ます。
しかし、当人にとってみればそこの世界しか現実は見えないものでもあります。
本作におけるオギー君の初登校の日の夜の表情などはまさにそれを訴えている様で身につまされる思いです。

しかし、そんなオギー君にも友達が出来る。
初めて出来た友達と仲良く下校するオギー君を見たジュリア・ロバーツ演じる母・イザベルの安堵の表情は同様の悩みを抱える母親の表情そのものだと思います。

さて、本作ですが予告を見ていたらあくまでこのオギー君を主人公にした少年の成長記的な話しだとばかり思っていました。
いや、もちろんそれはその通りなのですが、本作は彼ばかりでなく彼に関わる周辺の人物の心理的機微などを映し出したサイドストーリーも用意されたいわば群像劇でもあったのです。
オギーの親友・姉・姉の親友のストーリーがそれなのですが、各セクションでそれぞれの環境、心境、オギーに対しての目の向け方などがしっかりと語られていきます。
そしてそれぞれに表面的には見えない悩みを抱えています。
はじめは母親に仲良くしてあげなさいと言われてオギーに接していた友人は頭も良くユーモアセンスもあるオギーに一目置きはじめます。
しかし、クラスを牛耳る金持ちのガキ大将(って言い方古いかな??)の前では彼に同調し、オギーの陰口を叩く。
スクールカーストの壁を前にして自分を偽り友達を悪く言う。
年頃の少年・少女であればよくある話しです。
しかし、それをオギー本人に聞かれてしまいオギーを傷つけ距離を置かれる。
個人的にはどちらの経験もあるので両者の気持ちが痛い程わかってしまうんですよね。

一方、姉とその親友におけるサイドストーリーを見てみましょう。
数少ない姉の親友が高校デビューを機に違う友達とつるむ様になり姉にはそっけない態度を取られる。
それにより姉は学校に居場所がなくなり孤独を感じる事になる。
すぐに彼氏が出来たからまだ良いのですが、あのまま彼女が誰とも気を許せず淋しい高校生活を過ごしていたら?
考えただけでいたたまれない気持ちになります。

一方、姉の友人はと言うと家庭環境がよくなくオギーや姉の様な一家を羨ましく思い、偽りの自分を造り人気者になります。
それを後ろめたく思い、姉に冷たく接する様になる。
結局、思春期の些細な心の揺れがこの二人の友情にすれ違いを生じさせていたのです。
これまたこの二人の心境に寄り添う事が出来る。
特に女性の方であればかなり共感出来る描写なのではないでしょうか。

また、印象深いシーンとしてはオギーをいじめるボンボンの悪ガキです。
彼のいじめがエスカレートすると両親共々校長に呼び出しを受けるのですが、この両親というのがいわゆるモンスターペアレンツなんですよね。
とんでもない両親の元では歪んだ性格の子供が育っ。
それは万国共通の様ですね。

そしてオギーの人柄にひかれ、周囲の同級生達が集まり、絡んできた上級生と喧嘩した後の清々しいシーンなんかを見ると『スタンド・バイ・ミー』的な少年達の成長譚を見る様でした。

そしてラスト。
一年ですっかり成長し、周囲の人々に光を与えたオギーの姿が涙を誘います。
君は太陽」という副題の持つ意味がここで明らかにされます。

個人的にはこの映画。
文科省推薦で全国の小中学校で上映会を行なってほしいと思いました。
いじめ問題に向き合う意味でも障害者との向き合い方を学ぶ上でも友情を見つめ直す意味でも非常に意義のある作品だと思います。
もし、私が学校の先生だったら生徒にこの作品を見せてた事でしょう。
よくギターを弾いて生徒と歌を唄う先生居たでしょ?
あのノリです(笑)